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遺伝子と環境の気になる関係②-2:体質と発達

前々稿は環境がどのように遺伝子の制御に影響するかをみましたが、今稿は遺伝子が作り出すたんぱく質とそのたんぱく質がおこなう身体の機能への環境の影響についてみてみます。
前半(前稿)は細胞の働き方に続き、発達との関連でです。

(この記事は、公式ブログ:2020.10.7の後半を転載しています)

“主役はたんぱく質”の意味

細胞たちは複雑な連携システム網をつくって、身体の機能を維持し、環境に柔軟に適応し、個体を生きのびさせていることを見てきました。
そしてその、連携システムの主役は、身体の様々な部位で働くたんぱく質でした。

- 体質の差

たんぱく質が優先して合成される組織と優先されにくい組織は、自分の意志では決められず、残念ながら体質差・個人差によって決まっているようです。
人類の種としての多様性なのだと思います。

例えば、生まれたての新生児には、髪がふさふさな子とほとんどはえてない子がいます。
これは仮説ですが、小さな受精卵が3㎏もの赤ん坊に育ってくる、栄養がとても大切で必要とされた過程で、その子の髪の毛(のたんぱく質の合成)の優先順位が高いか低いか、の違いと考えられます。

誰も調べていないのでエビデンスはありませんが、私はこれは将来の薄毛リスクを反映してると考えています。
人生のある時点で、たんぱく質不足が起きたとき、髪の毛の優先度が低い体質の方は…そうなりやすいという仮説です。

それを防ぐためにどうしたらいいか…?

自分で優先順位を変えることはできません。
たんぱく質不足をおこさないようにする(=すべての組織に行きわたらせる)ことがリーズナブルな対応でしょう。
つまり、しっかりたんぱく質を食べておきましょう、ということです。

- たんぱく質だけですべては改善しないけど…

たんぱく質さえあればいいのかというと、ここでひとつの疑問が生じます。

「マッチョははげが多い」という噂です。(そうでない人もいるとは思いますが)
実際に、壮年ボディービルダーの選手の中には髪の薄い方が結構見受けられます。彼らは、相当量のたんぱく質を摂取しているのに、疑問です。

これには、筋トレと男性ホルモン分泌の関連が影響していると考えられています。筋トレをすると男性ホルモンの分泌量が上がり、男性ホルモンは薄毛のリスク因子として知られます。

同じ頭つるつるで生まれた赤ちゃんでも、女性より男性の方が薄毛リスクは高いということです(経験的に知られていることですが)。

薄毛ひとつでも、要因はたんぱく質だけではないことがわかります。

必要量のたんぱく質を満たしておくことは、それで完璧な方法ということではなく、最低限のリスク管理だと理解してほしいです。
そしてこれは、その他のすべての体質要因や、生きるためのコスト(酸化や糖化などの老化要素)から身体の機能を守ることでも、まったく同じことなのです。

発達についての考察

- “こどもの発達”はうまい連携をつくりあげる過程

たんぱく質不足で差がでるのは、新生児の髪の毛だけではないはずです…よね。

身体の(脳の)機能は、遺伝的な要因+環境への適応の結果として現れることは既出しました。
これは裏を返せば、遺伝子の実力を余すところなく発揮するためには、栄養(主役はたんぱく質)の不足をおこさないことを含む、環境の要素を最適にすることが、必要であるといえます。

こどもの発達のために、栄養を含むどのような環境が最適かは別稿で考察していきますが、今稿では、最低限たんぱく質の不足をおこさないようにすることの大切さだけは、知ってほしいと思います。

(参考 ↓)

このことを踏まえて、何故私が発達には栄養(と環境も)が大事と考えるか説明します。

‐ 生理機能の優先順位と発達の年齢域

身体の機能には、体質差以前にすべての人に共通する優先順位があります。
これは、生きのびるための優先順位、とでもいうもので、他生物にも共通する特徴です。

生理機能の優先順位
動物が生きるために、根源的に重要な機能は「心肺機能と脳」です。これは、最優先。次に、肝臓や内分泌腺などがきて、最後の方に腎臓、消化器、一番後が筋肉や皮膚です。
これは、身体が衰えたとき(老化など)や、集中治療中などにも血流の優先順位として表れ、機能が維持されやすい臓器の順序です。
この優先順位が、栄養の分配にも影響していると私は考えています。老化がすすむ時、内臓の衰え以上に筋肉や皮膚は衰えますし、体力壮健でも皮膚(髪)が切り捨てられるのが薄毛といえます。

そして、脳機能の内部でも優先順位はあります
一番は、「生きる機能」そのものともいえる“脳幹部”。ここには、呼吸や心拍など生理機能の中枢があります。
次は“辺縁系”。ここには、危険を察知しすばやく対応する中枢:扁桃体、記憶の中枢:海馬や、内分泌の中枢機能等があり、脳機能全体の要です。
最後の方が“大脳皮質”。ここは、運動の中枢や、視覚聴覚など感覚の認知、言語、思考などの役割をしています。一番の動物らしさ、いや、人間らしさの部分です。

この機能分担を考えたとき、栄養が不足してくれば、脳機能の中で初めに切り捨てられるのは大脳皮質機能と考えられます。
疲れちゃったとき、心臓や呼吸は止まりませんが、思考や感覚への認知は鈍ります。うつ状態もこれが中長期的に起きてきた状態(おそらく何かの適応状態なのでしょう)ともいえるように思います。

また、もうひとつ重要な概念として、脳の発達(神経細胞の連携)は年齢に応じて段階的に進むことが知られています。

脳の発達:シナプス刈り込み仮説
脳の発達は、無数にあるネットワークからよく使うものを残して、必要ないものを淘汰していく過程(シナプス刈り込み仮説)と考えられています。小児期から青年期にかけてよく使う神経回路が残されて、まったく使ったことのない回路は消えていく過程が発達だということです。

脳幹部や辺縁系は小児期早期に回路が確立しますが、大脳皮質は小児期から青年期(20代前半)までかけて発達するとされています。
その時期に体験すること、思考することに応じて(環境要因)、脳の回路が変化していくのです。

成人してから、消えた回路を取り戻すことができるかは分かっていません。
脳は「可塑性」という機能を回復する余力が大きいことが知られていますが、それも刈り込みを受けた回路が復活するのではなく、他にあった回路を使って元の機能をかわりに行う方が可能性が大きいように思います。

何かを体験し、それに応じて発達が進む(脳が機能を獲得する)のには、至適年齢域とタイムリミット(臨界期)がある、と考えておいた方がいいのです。
(このあたりの脳の特徴はまた稿をあらためて書いてみます)

- 発達途上での栄養不足があると…?

その至適年齢域に栄養不足があればどうなるでしょうか?

短期的な影響としての「適応」と、中長期的な影響として「至適年齢域をすぎてシナプス刈り込みが完了してしまう」の両方が考えられます。

栄養不足の時には、脳幹や辺縁系機能が優先されます。少しの栄養不足でも、一番に影響をうけるのが大脳皮質といえます。
(このあたりにも、栄養の優先されやすさされにくさの個人差はあると思います。発達障害にある遺伝性の部分です)

それをふまえると、栄養不足時の適応はこのようになるでしょう。

生きのびるために優先される脳幹や辺縁系の機能は強烈です。
脳幹の働きは通常意識されませんが、辺縁系機能は「欲求」や「危険(だから今すぐ対処しろ)」という衝動でその人をいっぱいにします。

その時、健康に大脳皮質機能が保たれていれば、抑制や判断といった機能を発揮できます。
欲求を我慢する(社会的にそれが求められる場面は多くあります)ことができるし、危険に対して冷静に状況を判断でき、危険がないなら安心して警戒を解くことができます。
が、大脳皮質機能が弱っていたら、辺縁系の求める衝動を抑えることはとても難しいものになります。

我慢が難しかったり、危険に過剰に反応し回避したり、すでに安全と知っているものだけにこだわったり…。発達障害の特性とされるものの多くは、辺縁系と大脳皮質の働きのちぐはぐさで理解できたりします。
(もちろん子供はこれらの機能を学んでいる途中なので、大人のように機能できないのは当然ですが、発達障害の診断はスペクトラムという概念で程度の問題が問われます)

このような適応が中長期的に続くと、使われなかった機能は使わないものとして脳が発達を遂げてしまうことが考えられます。

大人にとっては一過性の適応(可逆変化)であるものも、子どもにとっては不可逆的な脳機能の変化になりうるのです。

ちなみに、大人になってしまっていたらもう取返しがつかないのか…?というと、そうでもないと私は考えています。前述の“脳の可塑性”は従来考えられてきたより、とても大きいことがわかっているからです。

ただし脳自体には限界はないともいえるのですが、それを使う人間の思考パターンの側には限界があるようです。なのでうまくやる必要はあります。

シナプス刈り込みと栄養の間に、はっきりした因果関係があるかはまだわかりません。

ただ、身体の他の生理機能と同じく、遺伝子の指示するすべての機能がたんぱく質を介して行われることを考えれば、脳の発達についてもたんぱく質の不足がおきないようにしておくことが、持って生まれた遺伝子機能を最大限発揮するための必要条件と考えられます。

繰り返しますが、最低限のリスク管理です。

前々稿につづき、遺伝だから…とあきらめる前に、その遺伝子をきっちり働かせてあげましょう、ということです。

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