世代就活
就活を初めてから、もう半月がたった。
これまで、多くの企業説明会に参加し、将来のことを考え奔走してきた。
そして、今日3月16日は第一志望の会社の一次面接、僕は現在、面接の待合室のソファに腰掛けている。
心の中で、何度も考えてきた言葉を反芻する。大丈夫だと言い聞かせ、心を落ち着かせる。
ノックの音がなった。
どうやら僕の番が来たようだ。採用担当のお姉さんに面接室の前の廊下に案内される。
「ご自分のタイミングでノックしてお入りください」
採用担当者はそう言うと廊下を戻って行った。僕は一度、小さく深呼吸して、ノックをした。
「どうぞお入りください」
声を聞いて、失礼いたします。と大きな声で言った後、ゆっくりとドアを開けた。後ろを向いてドアを閉める。お辞儀をして、椅子の横まで歩く。
「どうぞ、お座りください」
「失礼します」
そう言って、椅子に腰をかけた。
とりあえず、最初の関門は突破した。
「まずは、自己紹介をお願いします。」
面接官が、手元にある履歴書を見ながら自分にそう促した。
はい。と言った後、僕は覚えてきた自己紹介文を一字一句ミスなく答えた。第二関門の突破。僕は少し胸を撫で下ろす。
しかし、ここまではまだ小手調べのようなもので、ここからが本番なのだ。
僕は気を引き締め、拳を少し強く握った。
面接官はその自己紹介を聞いて、数度頷いた後、履歴書を見ながら、尋ねた。面接の質問の開始である。
「それでは、あなたの子供の仮想PRをお願いできるかな」
僕はうなずき、答え始めた。
世代就活が始まった時期は、2030年ごろだと言われている。
元々、この就活生が自分の子供を会社に入れる前提で、自分の息子の就活を自分の就活として行う世代就活は2020年度就活において、経団連が就活の自由化を行ったことが発端であった。
資料によると、就活の自由化は優秀な人材を早期から確保するために、企業のアプローチを早める結果となった。それにより、企業は大学2年、1年と年々就活の時期を早め始めたということである。それから、先も、時期の前倒しは止まることを知らず、高校生から就活になり、中学生から就活になり、小学生、ついには児童園からの就活が普通になった。
さて、児童まで行くとそこから先は赤ちゃんだが、流石に企業は話もできない赤ん坊にまで手を広げることはしなかった。そして、児童の就活という状態においても、就活しているのは親という企業も何を評価しているのかわからない状態になってしまっているという実情から、どうにかしなければならないというような考えが社会に蔓延するようになった。
そのような、よくわからない就活状態の中で、生まれたのが世代就活である。一番初めに世代就活を提案し始めたのはDNALPHAという当時は小さなベンチャー企業であった。元々、DNALPHAはDNAの分析を専門としている企業であり、それまでも世の中で行われていたDNAによる能力測定をさらに精度良く行うということを売りにし、そして実際に精度も良かったことから注目されていた企業であった。
そのDNALPHAが世代就活しませんか?という広告を打ち出し始め、就活サイトを作り始めたのが世代就活の始まりであった。
DNALPHAは企業に今の就活がどれだけ形骸化しているものかや、実質意味のないものかを説明し、DNAを使った就活こそが素晴らしいのだと説いた。しかし、その時点で多くのDNAを活用した就職マッチングのサービスは多く存在したが、対して良い評判ではなかったため、そのような言葉に対して企業はあまり良い反応を示さなかった。なぜならば、企業はただ優秀な人材を撮りたいわけではなかったからである。未だにリストラのしにくい法体制である日本では、会社をやめない人材というのも欠かせぬ点であったのだ。DNALPHAはその点を見抜いた。そして、新しい就活として、世代就活を考え出したのである。つまり、DNAの優秀な人材を囲い込むのではなく、その人材に自分自身の赤ちゃんをその企業を好くように育てることを確約させ、その人材と人材の子孫を採用するという方法をとったのである。こうすることで、優秀なDNAを持った、自分の企業を好きな人材を採用することができる。そうDNALPHAは企業に提案したのである。
そして、この就活方は瞬く間に多くの企業に採用されて行った。
結果として、今のような就活が実現したのである。
就活生が考えること、それは自分自身に生まれた子供をいかにその企業にマッチするように育て上げるか?ということである。企業の質問内容も、自分自身に関することはほぼないといってもよく、以下のような質問が頻出項目としてあげられる。
・あなたの子供を育てたとして、その子供のPRをしてください
・あなたは将来的に自分の子供を弊社でどのような活躍をする子供に育てたいですか?
・あなたが育てようとしている子供の長所はどうなる予定ですか?
などなど
多くの質問は自分自身が育てた子供をどのように育てていくかということを聞くものばかりであり、多くの就活生も、この質問内容に合わせた対応をする。
「私の子供の強みは計画性になると考えています。私はそのために以下のような子育ての計画を立てております。まず第一に私は子供に0歳の時から時間の概念を教え込みます。そして、それ以後の生活において、様々な場面で期限などを意図的にもうけ、守れなかった場合相応の罰を与えることで、計画性を矯正していこうと考えております。」
あまり、深堀ができていないと感じられる部分がある場合、質問が飛んでくる場合が多い。
「時間の概念を教え込むということだが、そんなことが本当に可能なのですか?」
想定していた質問である。
「0歳で習得させようとは考えていません。常に意識させることで、無意識化での教育が必要になると考えています。」
面接で、自分のことを聞かれることはほとんどない。しかし、どれだけ企業に対しての愛があるか、などは見られる場面である。なぜならば、新卒で社員が入り、子供がその企業に入ることを確約していても、転職などにより、その確約がなくなることがあるためである。そのため、子供の育て方はもちろんのこと、なぜ、その企業を志望するのかも明確にしなければならない。
一説には能力がなく顔が良い人間の方が受かりやすいという話がある。新卒の就活は現在のように世代を含めた就活になっているが、転職市場は基本的にその人の能力が重要視されている状況が続いていることが、一つの理由であると言われている。能力はないが、企業愛が強く、より子供をその企業にあったように教育できる就活生は、転職する可能性が低い。そして、顔が良ければ、多くの人々の恋愛対象になるため、社内結婚もさせやすいためである。そのため一部の企業では、新卒で入った人間の多くが男女ともにアイドルのような見た目をしている場合もあるらしい。
「以上で面接を終了します。」
面接官のその言葉で面接が終わる。僕は入ってきたときと同じようにマナーに注意し、面接室を退室した。
外で待っていた採用担当社が僕をエレベータまで案内する。僕はエレベータに乗り、採用担当者に向かってお辞儀をした。
エレベータのドアが閉まる。
僕は安堵の気持ちで息を吐いた。
正直、あまり手応えはよくなかった、そう思いながら思考をAllWeb(多くの人々の脳が繋がったネット)に繋げると山崎からリモシン(ブレインクラウドのプラットフォーム上での遠隔思考(リモートシンキング)。思考を波として送り脳がデコードすることで言葉として理解することができる)の連絡があった。
"面接はどんな感じだった?"
僕はreシンクすることで思考を飛ばす。
"良いとも悪いとも言えないかな。まあ、とりあえずは結果待ちって感じ。"
"そうか。良い結果が出るといいな。あと、今からCOEDを一緒にやってくれん?"
"いいけど、カフェに入るからちょっと待って"
"おっ、まじサンクス。カフェに着いたら連絡して"
"了解"
COEDはコーポレイトエデュケーションのテストのことだ。昔ではSPIという個人の能力を図るテストが使われていたことがあったらしいが、世代就活が始まってから、ほとんどこのテストになった。
COEDでは個人の能力というより、その企業にあった人間に子供を育てるための教育学を図るテストであり、教育的観点に基づいた思考が要求される。
カフェに到着し、カフェラテを頼んだ僕は、山崎に連絡し、ビューシンクロ(視界の共有。網膜から脳への神経回路に埋め込んだチップによって、視界の電気情報を他者の視界情報と混在したものにすることで、視界をシンクロさせる。自分の視界が消えるわけではなく。音楽を流しながら、話を聞くような感覚で視界常に共有視界を映し出す)をするようにリモシンを送った。
"カフェについた"
"了解。今から、視界を共有するからちょっと待って"
しばらくすると、視界がぼやけ、山崎の視界と混在した。
山崎の視界にはエアウェーブ(空中上に情報を映し出す。光の波を操ることである一定空間上に止まった立体映像を映し出すことが可能)で空中に映し出した。
"OK"
山崎がスタートと思うと同時に、テストが始まった。
空中に子供の姿が映し出される。
基本的にCOEDのテストは実際の子供に対しどのように行動をとるかというものから、教育的知識、その人の教育個性などを図るテストになっている。
教育個性に関してはその人の性格によって決まるが、教育個性はいかに勉強を行ったか、練習を行ったかが重要であり、普通のテストと同じように基本的に皆、勉強をしてこのテストを行うことになる。
一連のテストが終了した。
"まじありがとう、お前がいなかったら、ヤバかったわ。"
"正直、山ちゃんは勉強してなさすぎだと思う。基礎がなってないよ。だから、勉強すればいいんだよ。そうすれば、そこそこの点数はいけるはず。"
"お前みたいな勉強得意なやつはいいけど、俺は絶対途中で飽きるから無理だわ。本当、このテスト、なんのためにやってんのかわからねぇもん"
山崎はいつも通り、テストに対しての愚痴を呟く。
"仕方ないよ。現在の世代就活には必要なことさ"
"うーん。わかんねぇなぁ"
頭を掻き毟っている山崎の姿が、見えたような気がした。
"そもそも、子供は俺らが決めた会社に入ることが決定しているっていうのがあまり良いとは感じない。俺の子供がどんな道を歩もうがそれは勝手だと思うし、俺らが生まれる前の奴の人生を決めてしまうことがいいことなんかね?"
"本当、山ちゃんはずっとその話をするね。"
就活が始まってから、この話を山崎がするのを僕は何回も聞いていた。
"仕方ないよ。それが今の社会なんだし、確かに、自分のいきたい企業に決められないのは良いか悪いかわからないけど、大企業に僕らが決まれば、子供も大企業にいけるんだ。子供のために、僕らが頑張らないといけないと思った方が今はいいと思うよ。"
"確かにそうだけどよ…。"
山崎は納得しない様子で、何かを考え込んでいる。
"とりあえず、僕は明日も面接があるから、切るね?"
僕は議論に終わりが見えないため、そう切り出した。
"ああ、すまん。本当、今日はテスト手伝ってくれてありがとう。あとで、飯でもおごるわ。"
そういうと、山崎はじゃあ、と言ってリモシンを切断した。
僕は、明日の面接について考えるためにワーククラウドにアクセスする。
明日は確か、塾の講師の面接だったはずだ。だから、頭の良いを教育する方向で話をしよう。
僕は自分の子供をどのように発想力旺盛な子供に教育するかを考え始めた。
まずは、子供の頃から塾などに通わせて、良い中学校に入れないといけないな。そして、中学高校でも勉強、トップレベルの大学に入れて…
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