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時空間に裏付けられるこれからのオリジナリティ-芸術を例にして-

2012年の衝撃

2012年、画像の物体特定の大会であるILSVRCに衝撃が走った。
トロント大学のチームが開発したAlexNetが2位よりも10%以上低い値という圧倒的なレベル差で大会に勝利したのである。
昨今のAI熱狂時代の幕開けであった。

世は2023年

AlexNetの衝撃から10年以上たった今でも数多のAIが社会に衝撃を与え始めている。
OpenAIが2022年11月に発表したチャットボットであるChatGPTは、人間と自然に会話をし、小説を書き、料理のレシピを生成し、果てはプログラミングまで行ってしまう代物だった。

元NASAの開発者達が作り出したMidjourneyはキーワード一つを与えるだけで、素晴らしい絵を描画する。この技術に多くのイラストレーターは肝を冷やした。

2023年1月にGoogleが発表したMusicLMはテキストから高度な音楽を作成する。今後、商用として使えるようになれば、Youtubeの動画などで、効果音にお金を払わなくても良くなるかもしれない。

A氏の憂鬱

ある遠くない未来、作曲家であるA氏はある楽曲を発表した。
その楽曲はA氏が数ヶ月かけて作った自信作である。
さて、楽曲のストリーミングが始まって数日、SNSでこんな声が聴かれるようになった。
「この曲、Sound CloudでAIが作った楽曲のパクリじゃない?」
この騒動によりA氏の曲は配信が取りやめ、彼の努力は水泡に帰すこととなった。
あるニュース記事はこのことを以下のように報じるのである
「AIからの楽曲パクリ、今年で1万回目」
さて、そんなことはつゆ知らず、ある街の片隅のPCが24時間、新しい曲を作曲し続ける…。

上記のような物語は今まさにそこにきているように見える。
楽譜という音符の集合体を著作とし、そこにオリジナリティを持っている今の私たちが、どうしてその音符の組み合わせを24時間無限に組み合わし続けることができるAIにそのオリジナリティで勝ることができるだろうか?
あるいはこれは画家の物語かもしれないし、あるいは小説家の物語かもしれないし、あるいは造形家の物語かもしれない。

現在のオリジナリティ

現在のオリジナリティは多くが何かの組み合わせである。
小説はある単語の羅列の組み合わせ、絵はある色の組み合わせ。
人々は新しい組み合わせにオリジナリティを見出し、著作権で守っているのである。
しかし、ある組み合わせが無限に生み出せるようになった社会では、その組み合わせを生み出すということにはあまり価値は生まれないように思える。
先ほどの物語のA氏は楽譜という組み合わせを生み出すという競争をAIと行った結果、それに敗れてしまったのである。
それでは組み合わせを超えるオリジナリティ、これからのオリジナリティはどんなものなのだろうか?

時空間のオリジナリティ

それは時空間のオリジナリティではないか。筆者はそう考える。
不可逆的な時間と空間に裏付けされたオリジナリティ。それが時空間のオリジナリティである。
例えば、このオリジナリティには楽譜のない、タイトルだけの音楽があるかもしれない。この音楽は常に一度しか演奏されず、ある時間や空間において、その楽曲の演奏され方が変化する、そんな音楽である。
あるいはそれは、深夜の路上で語られる物語なのかもしれない。この物語は深夜という時間にその路上という空間にしか存在しない、そんな物語である。
あるいはそれは、浜辺に書かれる絵画かもしれない。波にさらされるたびにその様相を変化させ、一瞬一瞬が違うものとして現れる、そんな絵画である。
このような芸術はもはやパターンのオリジナリティではない。ある時空間での体験それ自体が、世界に刻まれたオリジナリティとして残り続けるのである。

…とはいえ我々は未来を体験できない

上記で述べたようなオリジナリティがこれからの社会スタンダードになるのかななどと妄想する。
ただ、我々は未来を体験できないので、全然違う未来になるような気がするし、大体未来予想図は外れるものだ。
筆者は今ここで、この文章を妄想して書くことに素晴らしい体験としての喜びをまさに感じているのである。


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