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Family.32「笑の家」になろうよ

あらすじ

「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。

“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。

まずはこちらから↓

家系ラーメンとは?

総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。



 リサイクルショップのホビーコーナーで夢を探していた。

「やっぱり此処にはない」手垢が付きまくったガラクタを乱雑に戻す。誰かのお古にそんな物があって堪るかと、そんな気持ちごと屠る。

 時間とお金を使えばもしかしたら出会える“かも”知れない。しかし、その可能性ごと捨ててしまったのだ。


 夢は「登山」と同じだと思う。

 出身も年齢も情熱も違う人間が集い、我先にと山に登る。

「そこどけそこどけ」他人を蹴落とす滑稽な冒険で、道中楽しむ暇もないほど猛烈で、気が付いたらほうれい線が克明で、敗れた者たちの屍が埋め尽くす異常な光景。

 そんな青春と呼べば聞こえが良い、誰かの犠牲の上に成り立つドリーム。

 自分より遥か遅く遥か下から登り始めたにも関わらず、才能ある者にどんどん追い抜かれる。

 みな、同じだ。

 ひとかどの人間になれると信じ研鑽を重ね、ひとつ角を曲がれば不確定な未来が常に待ち受ける。   


 かつて林修先生が言っていた言葉がある。

正しい場所で、正しい方向を向いて、十分な量なされた努力は裏切らない

 正しい場所か分からないが存在していたい夢の場所で、正しい方向も分からない真っ暗闇の中、十分な量が人それぞれの物差しを持ってする努力。

 夢が叶わなかったら、努力が報われなかったら、失敗なのだろうか。山に登った事実だけが残るのだろうか。

 かつてたった1年も持たずに夢を諦めた18歳の自分が今のあたしに指を差す。

今も山に登ってる?

 なぜこんなにも感傷的な気分になってしまうのか、理由は分かっていた。

中学の同級生が芸人を辞めたからだ。




 自分の事ではない。別に死んだ訳でもない。だがこの寂しい気持ちは何なのだろうか。

 何もしてやれない。いくら何かを思ったとしても無意味なのだ。

 山が崩れたネジも、笑顔が作れないメイドも、何も思いつかないエジソン。

 本当の意味で人の人生を背負う事は出来ない。そんなの常識〜、なのだ。

 いつもは自分を奮い立たせるはずの歌が今は、悲しく聴こえてくる。

気がつけば
アイツもアイツもアイツもアイツも
アイツもアイツもいなくなって
アイツもアイツも見なくなって
こっちはいつもいっつもやってる
いつも流行ってるいつも変わらねぇ
スタイル崩さずまだ戦ってる
わかってるフリしてたいした事ない
奴らとしっかり相対してる

「I Rep」DABO,ANARCHY,KREVA


 あるとすれば後悔。かつて食べたあの家系で学んだハズだったのにネ。


東京と横浜を股に掛けた六角家系譜「笑の家」


 あたしが愛する【六角家系譜】が麻布十番にあるなんて知らなかった。

 職場から近いし、いつでも行けると高を括り後回しにしていた。当時は東京で美味しい家系がある訳ないと思っていた。

 そんな傲岸さ故に気が付いたら『笑の家』は閉店していた。


 早く訪れていれば、逃すことはなかった。少しでもお店に貢献していれば、潰れることはなかった“かも”知れない。

 東京で踏ん張っていた気も知らず何も出来なかった。

「後悔先に立たず」悲しみに暮れながら変わらぬ暮らしを続けていた。

 すると吉報が届く。

2021年6月『笑の家』オープン。


 しかも横浜駅にだ。まさに大歓喜。待望の『笑の家』を食べられると、あたしはすぐさま東急東横線に乗り込んだ。

『鶴一家』の誘惑もなんのその、目的地まで一直線。緊張で外観の写真を撮り忘れる失態。

 だが、ようやくのご対面だ。

 青磁の器ではなく、白にたかさご家カラーの緑のラインが入った器。

『六角家』っぽくないビジュアルだなと思いながらスープを一口。

ちゃ〜〜〜〜〜んと『六角家』だ。


懐かしさが身体中を駆け巡る。

さらに

味玉もちゃ〜〜〜〜〜んと『六角家』。


黄身まで染みてる「伝統の味玉」だ。


 貪るように啜り、あっと言う間にご馳走様。楽しい時間はすぐに過ぎる。世の常だ。


 しかし、これが最後になるなんて誰が想像しただろうか。

気が付いたらまた『笑の家』が閉店していた。

 横浜駅だしすぐ行けるだろうと高を括りやがって。あたしはバカだ。あんなに過去に悔やんだはずなのに、同じことを繰り返してる。ナニヲシテルンダ。


 また何も出来ない。何の成長もないのか。この感情の答えはない。時間が過ぎてゆっくりかさぶたになっていくだけ。


それでも人生は続いていくし、傷は完全には治らない。

彼らが新しい山に登っている事を信じて、新たな夢での成功を祈って。

今のあたしにはそれくらいしか出来ないのだ。

お前の成功は俺の成功 俺の成功はどう?


――――――笑の家、もう食べられないなんてチョー嫌だ。


こうして【笑の家】が道助の家族になった。幸せになろうよ。


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