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Family.3-② さらば「本牧家」永遠に

あらすじ

「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。

“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。

まずはこちらから↓

家系ラーメンとは?

総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。


「鷄の油が増やせない」

 夫のちんぽが入らないみたいな言い方で恐縮だが、実際困った問題なのである。コロナの影響もあり養鶏場で働く人が減り、未だに多めを頼めない店舗も多い。

「本牧家のラーメンが食べられない」

 全国のイエリストに大変恐縮なのだが、これもまた紛れもない事実なのである。

 好きだったバンドが解散した。好きだった芸人が引退した。好きだった家族が離れ離れになった。

「辞める前に、もっと応援しないからだ」「嫌われる前に、好きって言わなかったからだ」

 ごもっとも。ぐうの音も出ない。後に悔やむと書いて「後悔」でも方向性の違いだとか売れなかったからだとか、そう言ったことじゃない。

”店主高齢”のため。それが理由だ。じゃあ僕らは、どうすれば良かったの?

 また一軒、クラシックの名店が幕を降ろす。家系御三家のうち、2つがもうない。こんな時はいつも僕の脳内にはあるアーティストの曲が鳴り響く。

永久未来 続くものなどありはしないからなんて
僕の人生 せいぜい80年

「ビューティフル」SOPHIA

 朝早くからスープを仕込む。冷たい水の中で卵の殻を剥く。焦げ付かないようにガラをかき混ぜる。水分を吸った麺の水気を飛ばす。熱がこもった厨房で、年がら年中家系ラーメンと向き合っている。

 偉そうな批評家気取りの客に見当違いの意見をネットで書かれても尚、一杯千円にも満たないラーメンを作り続けてくれている。

「食べているのではない。食べさせてもらっている。」

 家系職人の苦労を想像し、言葉にする事は出来る。しかしそれはただの文字の羅列でしかない。僕らは豚さんと鶏さんと職人さんに人生を生かされているのだ。

 別れは辛い。誰も経験したくない事だ。

 居なくなるなら最初から出会わなきゃ良かった。

 そんな思いが一瞬、頭に過ぎる。でも。だ。例え居なくなったとしても思い出は消えないでしょう?

 優しくしてくれたあの日々は無くなったりしないでしょう?

 1分でも1秒でも、貴方の人生に関われたなら幸せだ。

 世間では桜が咲いていた事なんか無かったかのように、木々が新緑に満ちていた。

「もう誰も居なくならないでよ」

 そう思いながら家族の最後の姿を見届けるべく、環状2号線を僕は駆け抜ける。

 気持ちは、法定速度50km/h超えで。

2023年5月7日閉店

クラシック系最高峰「本牧家」


 黄色い看板が煌々と輝いていた。この景色を見上げることも、もうない。家長道助にとっての「本牧家」最終回。歴史を綴りに訪れた。

 家系御三家「本牧家」がどんなお店なのかは、ここに文献があるので置いておく。


「伝統の味」を味わえるのもこれが最後か。

おやっさんの仕事っぷりを見ながら極上の一杯を待つ。

「英国のダリ」顔負けの美しいビジュアルだ。

 食べるまでもない。カウンターに届いた時点で勝利確定。

「KOのアリ」結果はゴングの前に決まってた。

 逸る気持ちを鎮めて、レンゲを沈める。鶏油が黄金に輝く。

「帝王の刃牙」すらも恐れる力強い味。

 常にベストコンディション。いつもの酒井製麺を啜る。

「全能の神」はニッコリと、優しく微笑んだ。

 麺が【豚骨・鶏油・醤油】をまとめ上げ、それぞれがステップを踏む。

「全力の舞い」本牧家、ラストダンス。死ぬまで僕と踊ろうよ。

 積み重ねた歴史と家系職人の矜持を忘れぬようにと、本牧家の豚骨が僕の骨の髄にまで染み渡る。そして、刻み込まれる。

「面目もない」あまりの美味しさに気絶しそうになった。

 道助、大丈夫か?

「返答もない」ただの屍の様だ。

 心臓がキュッとなった。誰かが、何がが、道助の胸を締め付ける。

 濃いめにしたからではない。涙のせいでしょっぺぇや。

今後いくら「栄光と財」を築こうが

今後いくら「成功のない」人生を送ろうが

俺は、本牧家を決して忘れやしないだろう。


「全力の愛」永遠にアイラブユーだ。

 またいつか「伝統の味」を食べさせておくれ。
クラシックの火を灯し続けてくれたおやっさんに、感謝を込めて。

―――――本牧家を食べたあの高揚は、いつまでも。

これからも【本牧家】は家族だよ。幸せになろうよ。


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