見出し画像

ロングロンググッドバイ

お前がいない日々は耐えられないが
おれがいない日々は華やいでいると思ってしまうのは何故だろう

ポケットの中の小銭に触れる
旅の終わりを感じさせる
ちょうど半分になったら折り返せばいいと思っていたが
時折降りてくる死の気配、破滅への衝動がおれを突き動かした
吐くまで飲んでまた飲んで
いらない諍いを起こし
知らないところで目を覚ます

お前の写真すら持たずに出てきたからどんな顔だったかぼんやりとしか思い出せないのに
泣いている様子だけははっきりと浮かんだ
かたくうずくまったと思うと飛び出そうとするおれを抱き留めた
でも、あの日おれは試してしまった
無理やりに引き剥がして飛び出した
お前は追ってこなかった
川沿いの春は桃色の花をつけて時にひとを立ち止まらせる
アルコールで回らない頭の中で浅はかにもまた春になった頃に帰ってこようと決めた

町によっては夜になると教会の炊き出しがあった
受け取るひとはみな疲れた顔をしている
身体の内側にまで垢が溜まって掻き出す方法も知らない
おれだってそうだ
「風の冷たさは平等で、傷んだ水も分け合え」と教えられる
そんなわけがないんだ
誰もがきっと思っている オーダーメイドのかなしみを抱えて誰にも理解なんて出来るはずがないと

おれは見た目もずいぶん汚れて
気づかず隣に座ったひとがよく席を移す
お前は今のおれに気づくだろうか
おれたちがいないものとした家なき人たちのようにおれはなってしまった
なってしまえば余計に落ち着いた
おれは本来こういう形なんだと腑に落ちた

厳しい冬が終わりそうだ
おれは帰れるだろうか
渡り鳥のように自信を持って来た路を戻れるだろうか
重たい土のような足を揉んでみた
感覚は鈍いがきっと歩ける
おれは教えてもらって作ったブルーシートの家を静かに出た
お世話になったひとたちにお礼も言わず息をひそめて町を出る
月の下歩くおれは誇らしく、きっとお前が待ってくれていると確信めいたものまで浮かんでくる

そんな風にして町から町へ南下していった
あまり食わずとも大丈夫だった
変な咳が出るのが不安だったが歩くほどに再生していく気配を感じた
もうすぐ春だ 住んでいた町では春にもささやかだが祭りがあった
祭りの日に式をあげるひとたちもたくさんいた
お前と歩いた川沿いで見た大きな鯉や小さな魚群
華やいだ雰囲気がおれたちを穏やかにして
未来のことを少しだけ期待したり
陽が当たることを喜んだりした

もうすぐであの町に着く
おれは暗い道を歩いていた
向かい側から背の高い子供らがやってきた
すれ違うが急に頭に衝撃を感じた 
振り返るとバットを持った子供らがへらへら笑っている
頭からぬるい血が垂れてくる
おれも何故か彼らのようにへらへら笑って
歩き出した

しばらくすると目が回って目の前がまっくらになった

しばらくして目が醒めると辺りは明るくなっていて出勤する人達がおれを避けながら歩いていた
おれは立ち上がる
少しずつ、少しずつ歩く
やがて見慣れた道に出た
よく通った店や郵便局が見える
嬉しくなって足取りも軽くなる
川沿いの道に着くと春の祭りの飾り付けがされていた
穏やかな風が吹いて、陽光も柔らかに

おれはお前と暮らした家に向かって歩く
その時、川の向こう側にお前を見つけた
花弁のような白無垢を来て歩くお前を
お前は時々隣の男と顔を見合って幸せそうに笑う

おれは川を挟んで追いかける
お前がおれの方を見る
おれはお前の名前を呼ぼうとした 

でも、涙がこぼれてどうしても出来なかった
強く掴んだ枝から桃色の花びらが風に吹かれて飛んでいく
それはお前の足元に落ちた
花びら拾ってしばらく立ち止まる
おれはあの頃のおれでお前はあの頃のお前になる
お前はおれを見る おれもお前を見る
この世の時計の針が全て鈍くなったように感じる
「きれいだ」「きみもね」
そしてまたお前は前を向いて歩きだした

やがて式の長い列は角を曲がって消えていく
太陽の光を反射して川は銀色に輝き
風の形を教えてくれていた
町はざわめいて子供たちが後ろを駆けていく
空は青くどこまでも高く
雲がひとつもないことが嬉しかったんだ

してもらえるとすごく嬉しいです!映画や本を読んで漫画の肥やしにします。