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【ショートショート】狐の嫁入り(705文字)

 読了目安2分 705文字

  俺は散歩で神社の中を歩いていた。柔らかな天気雨が降っていた。急に後ろから誰かに呼び止められて、俺は後ろを見た。そこにはとても美しい女性が立っていた。僕は首を傾げる。
「あ、あの、今俺のこと呼び止められましたか?」
その女性は僕の声を聞いて、びくっとしながら背筋を伸ばした。そして
「は、はい」
と言った。
「俺、何かしちゃいましたでしょうか」
と聞くと、彼女は慌てて
「いえいえいえ、違うんです。あなたにずっと伝えたかったことがありまして・・・」
と言ってうつむいた。両手で自分の顔を隠して、なんだかまるで照れているみたいだった。しとしとと雨の音だけがしばらく響いていた。

 「す、すいません。僕たちどこかで会ったことありましたっけ」
と俺は質問した。彼女はその言葉に傷ついたようで、悲しそうな顔をした。
「は、はい。ずいぶん昔に助けていただいて・・・ってそんなことは今はいいんです。は、早く言ってここから逃げないと・・・」
そう言って彼女は俺に詰め寄る。
「あ、あの、私ずっとあなたのことが・・・、す・・・、す・・・」
彼女の言葉がそこで止まる。
「す?」
と俺は聞き返した。その時、急に天気雨が止んだ。途端に目の前が煙に包まれる。

 煙の中には一匹の狐がいた。狐は心底残念そうに下を向く。
「す、すいません。騙すつもりはなかったんです。さ、さよなら!」
と言って狐は森の中へと走っていく。僕は小さい頃にこの神社で、罠にはまっていた狐の看病をしたことを思い出した。もしかして、その時の・・・。

「明日もまたここに来るからね!」
僕は森の方へと大声で言った。すると、狐は僕の方へ振り返り、ふさふさの尻尾を揺らしながら、
「こん!」
と鳴いた。

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