見出し画像

ラベル

 有酸素運動を室内で行う方法を探しています。思い当たる節がある方は下記電話番号、もしくはメールアドレスまでご連絡ください。そういう張り紙を貼った。近所の電柱という電柱に貼ってまわったが、1件として連絡がきていない。こんなものはインターネットで検索してもぜんぜんおもしろくない。室内で使用する特殊な器具を勧めるのをやめてください。
 本来、「室内でできる」といったときに想像されるのは、本当に外に出ないでできるのかという意味だけではなく、「なにもない状態でこの身一つでできるかどうか」という意味もそこに含まれている。言わなくてもわかるかとおもったら結構みんなわからなかった。こういう懇切丁寧な説明をしたくないから家から出たくないのに。わたしの発さない言葉をも内包した意味を持ってくれる空間で、閉じられているのはわたしよりもむしろ世界のほうだとおもう。誤解は与えるものではなくて、まわりから与えられるもの。しっかりと紙で包んで渡さないと、勝手に中身を変えられたりしている。
 買いだめしておいたトイレットペーパーに、総ロール600メートルと記載があり、わたしはこのトイレットペーパー1パックで600メートル分、尻を拭くんだとおもった。なにげなく巻き取っている数センチ数センチが積もり積もって600メートルになる。数字が描かれている文脈をみて、600メートル分の尻拭きが確かに実在するということがわかる。そういうときにだけ、外の文脈が少しおもしろく感じる。あ。そうなんだ。そんなところにそんなものが。え、これってそうなの?
 そうして、文脈を咀嚼する前に事実だけを吸収する。
 だから、言葉を扱ううえで栄養学を学ぶ必要があるのである。カロリーだけを摂取してビタミンを捨てていたような気がしている。ビタミンは大事だと言われた。テレビで。先生も言ってた。親も言っていたような気がする。偉い人も言っていた。毎日ビタミン剤を飲んでいるいま、もはや何を食べたらいいのかすら、さっぱりわからなくなった。
 ごみを捨てるために外に出ると、外が家の中よりも静かでびっくりする。草木のなかから虫の音がして気持ちが悪い。というか、居心地が悪い。四方八方から虫の音がするのは、反響しているからではなくて単純に四方八方に虫がいるから。囲まれているのに自分の身体からなんにも音が出てない。これってほんとうにだいじょうぶ? いや、生き物として。
 1階のごみ捨て場ではすでに知らないおじさんがおり、空き缶をいれるプラスチックのカゴを広げている。慣れた手つきでカゴを広げるのを見るたびに、気のせいだけど異臭がする。空き缶から飛び散った人々の唾液の飛沫があたりの空間をかき回すように拡散されており、わたしたちは中心にいる。今日朝とった栄養がすべて台無しになったような気がする。飛沫はないけど。栄養も関係ないけど。異臭だけはしている。おじさんは、目も合わせずに会釈をしてくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?