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「生まれたい」〜井戸の中の冒険記12〜

【これは井戸の中の冒険記録です】

半分寝ている状態で、見てきた世界の話です。

瞑想とも違う気がしますが、思いもよらないようなおもしろい体験がたくさんできたので記録していきます。
(いつも井戸を降りていくところからはじめています。『防護膜』については追々書いていきます)

今回は井戸の中の世界12回目の時のお話です。


【2023.9.30.の井戸の中の冒険記録】
「生まれたい」



防護膜を張って、目を開けるといつもの井戸を見下ろしていた。

井戸の中に縄を投げ入れるとバシャンッという水の音がした。

今日も底には水が張ってあるようだ。
(井戸なのだから当たり前なのだが)

縄を伝って降りていく。
しかし本格的に降りていく前に一度止まって考える。

このところ、井戸の中の冒険の時間が長くなってきた気がするのだ。

したがってそれだけ記憶しておかなければならないことも増える。
そこで、記憶媒体を使ってみようと思う。

壁に両足をついてその間に縄をはさみながら、ズボンの右ポケットを探ると黒いUSBメモリが出てきた。
これを私の後頭部下あたりに差し込む。
私が見たものはすべてここに記憶されるという仕組みだ。
私の頭のメモリだけでは頼りないため、今回からこのUSBを導入してみることにする。

そして、壁を蹴ってどんどん降っていく。
見上げれば入り口が遠くなり丸い月のように輝いている。

降りていく途中で気づいたのだが、縄をこの井戸に投げ入れた時、水の音がしたということは、縄の果てが底についているということではないか?

であれば、わざわざ縄の果てまで降っていかなくても、ここで手を離してもよいではないかと思い至り、壁を強く蹴って縄から手をはなした。

ヒューッと風を感じながら底へと落ちていく。
少しすると、バシャッという音とともに着地した。

足元には、くるぶしくらいの深さの水が張ってあり、水の中には草のようなものが生えていて、水の流れにそよいでいる。

私は裸足で、冷たくて心地よい水の流れと、草の感触を楽しんだ。
そして、深く癒されていき、ここに寝転んでみたくなった。

浅い水の流れを全身に感じながら、柔らかな草の上で仰向けに寝ていると、どんどんちからが抜けて心地よくてたまらなくなった。

この空間はどこまでも白く広がっていた。
ずっとここにいたい、こうしていたいと思った。

すると、天井に黄色い木のドアが現れた。

ああ、もう行かなくちゃならないのか、と少しめんどうな気持ちになった。
もう少しだけ、ここに寝転んでいさせてほしい、と思ったが、木の扉が急かすように勝手に開いた。

私は仕方なくだるくなった左腕をあげて、扉の方へ向かおうとした。
すると、私が近づいていったのか、扉が近づいてきたのか、真っ暗な向こう側へと放り込まれた。




中は暗闇で、無重力のようだったが、ドラム缶洗濯機のように回転しているようだった。

その回転に巻き込まれながら、おそらくどこかへ運ばれていく。

真っ暗で何も見えず、大きく回転しているというのに、何かに吸い込まれていくような引力を感じるのだった。

時折強い光がところどころに見え、出口かと思って期待しても、すぐにその光はなくなってしまう。

長いことそうしていると、強烈な光の中へのみこまれた。

すると、広げたパラシュートを背負って落ちていく自分になっていた。

ゆっくりと落ちていく。
下には暗い水面のようなものが見えた。
風が吹いているのか、水面にさざ波が走っている。
多分だが、それは夜の海のようだった。


静かに着地すると、私は夜の海の水の上に立っていた。

パラシュートや、ヘルメットなど、つけていた防具を外していくと、それらは水の中へと沈んでいった。

水面をじっと見つめながら立ちすくんでいると、この暗い海を照らしているものに気づいた。

挿し絵「月との対面」

右の方を見上げると、大きな月が海と私を照らしていた。

風の吹く音と、それに波が揺れる音しかない、
ここには月と私しかいない。

大きな月はどんどん私に近づいて、いつのまにか巨大な姿になって私のすぐ目の前にいた。

私はその月を両手で抱きしめるようにくっつくと、ゆっくり月の柔らかくて強い光の中へと入っていった。


月の中は、月の光そのもののような世界だった。

優しい柔らかな、けれど力強い光に満ちていて、何もない。
本当に何もない。
ひたすら何も起こらない場所だった。

足元を見ると、水が張ってある。
ここにきた時と同じように、寝転んでしまおうと思いそうしてみる。


私は月の胎内に寝転んでいる気がしてきた。
何もない。
でも「何もないことがわからない」と感じられるほど、「何もかもある」ともとれるような、そんな場所なのだ。


私は気づくと、勢いよく立ち上がってバシャバシャと水の中を走っていき、何段かの階段を降りた場所に立っていた。

振り返ると、石でできた神殿のようなものが立っていた。

神殿の中は何も見えないほど真っ暗闇だ。
私は今、ここから(この神殿の中から)走って出てきたのではないかと思う。

なんだったのだろうと思いながら、前を見ると、夜の海に月が浮かんでいるのが見えた。

この神殿の先に、雑木林があって、そこを抜けると、砂浜があり、海辺にやってきた。

砂の感触を裸足に感じながら、浜辺で月を見つめていた。

夜を照らしている月と、私は、何か通じ合っているのではないかと思えるような心地になっていた。

しかし、どんなに見つめ合っていても何も起こらないのだった。

私は知らずに涙が流れていることもあった。
かなしいことがない。
うれしいこともない。
泣く理由がないのに涙が流れた。

私は自分で頬をぬぐうと、また月を見つめ続けた。
すると、丸い月のてっぺんから水滴が流れ、下までくると海に落ちた。

その一滴がこちらまで波紋をつくって届いた。

私の涙が、海の波を作り出していたことを知り、私はその場にあぐらをかいて座った。

そして「生まれたい」という言葉を唱えるように心の中で思った。

目を閉じて、手を空に向けて、あぐらをかいた膝の上に置いた。

いつの間にか、その姿勢で夜の海の上に座っていた。

巨大な月が目の前にいた。
月が怒っている。

私は月がこわかったけれど、
私はもう一度、月に願うような気持ちで「生まれたい」と心の中で唱えた。

すると、一瞬で暗い海の中へと落とされた。
溺れるように沈んでいき、月の明るい光が遠ざかっていった。





ザバッと顔を出すと、太陽の強い光を感じた。
海から顔を出したことがわかった。

浜辺の方では水着を着た人々がバレーボールをしたり、食事をしたりして賑やかに過ごしている。

私は呆然としながら、海に手をついて上がると、海の水の上に立ち上がっていた。

海の水面を息を整えながら歩き、浜辺へとたどり着くと、雑木林を抜けた先には、あの石造りの神殿があった。

そこへリュックを背負ってカラフルな服に身を包んだ人々が列になって、入っては出てを繰り返しているのが見えた。

まるで観光地か何かのような姿になってしまった神殿に、私は少し、ショックを受けていた。

私は息がまた上がってきて、パニックのようになり、海辺の木陰で、木の葉っぱをかぶって太陽から身を隠すようにしてうずくまった。

どんなに強く目をつむっても、明るすぎるのだった。

私は月や、静かな夜の海が恋しくて仕方なくなり、うずくまったまま夜をじっと待った。

しかし、かなりの時間を眠っていたと思うのに、目を開けるとまだ太陽は高い位置で人々の賑わいを照らしているのだった。


私は限界だと思い、立ち上がるとゆらゆらと歩き出した。

すると私の視点はズレていき、いつしか視点だけの位置になっていた。
私はそこで髪も髭も長いままの自分の顔を見ることができた。

いつしか暗い石の洞窟のようなところにやってきていた。

迷わずその中へと入っていく。
暗い石の洞窟を進んでいき、そこに腰を下ろした。
そして、小さくなった洞窟の入り口を見て、その光に安心した。

そのとき、ハタリとおかしなことに気づいた。

明るい場所へ行きたいと願い、
いざそこへ出てみれば暗闇が恋しくてたまらなくなり、

こうしてようやく暗闇へたどり着いたかと思えば、
この暗闇の中から小さな光を確認して安心するのだった。


私は自分の「生まれたい」という願いの愚かさに唖然とし、

「これが、『生きる』ということか」

と、この年老いた男がつぶやいたのをきいた。



(おわり:井戸の中の冒険記12「生まれたい」)



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