家事から解放されたら人は幸せになれる? 未来へ向けた仮説を批判的に捉えなおすストーリーメイキングの可能性
はじめに
社会の不確実性が高まる中でよりよい未来の姿を考えるとき、いま起きている、いま困っている、顕在化している課題やニーズだけをベースにしていては事足りません。未来洞察の手法は数ありますが、企業や自治体などの組織から個人に至るまで未来の在り方を想像するアプローチには、こうありたいという熱意や期待といった、より内発的なものを重視する傾向を感じます。
そこで力を発揮しているのが「ストーリー」です。創造的な未来シナリオからバックキャストする「SFプロトタイピング」のように、多くはその想像力に着目し、現実からは得られない視点を用いながら未来のビジョンを描くために使われています。
私たちIDLもストーリーの持つ可能性に注目しています。同様に想像力を活かしながら、物語を構成する、場面を描写する、「ストーリーを書く」行為にフォーカスした手法「クリティカル・ストーリー・メイキング」。今回は事例とともにこの手法を解説します。
仮説が実現する未来の世界を描く「想像力・構成力・具象力」
「クリティカル・ストーリー・メイキング」はその名の通り、批判的であることが特徴の手法です。デザインプロセスのあらゆる場面で利用可能ですが、もっとも有効なのは初期仮説を捉えなおすことだと考えています。基本的にはプロジェクトに関わるメンバー、当事者がストーリーを書きます。ストーリーを描く過程で必要となる「想像力」「構成力」「具象力」が、内発的に生み出された仮説に対し様々な視点で批判的に向き合うヒントを与えてくれます。
「仮説が実現する未来の世界はどんな世界だろう?」
「仮説(いまはまだない価値観)が社会に受け入れられるまでに、どんな変化があったのだろう?」
「仮説が実現した世界で暮らす人々の生活は、どんな様子だろう?」
上に挙げた問いはそれぞれ順に「想像力」「構成力」「具象力」を要します。ストーリーメイキングの過程で表すと「基本設計(舞台設定)」「プロット作成(文脈構成)」「ストーリー作成(場面描写)」に該当し、ストーリーをつくることと仮説に向き合うことが重なるのがおわかりいただけるでしょうか。
これをデザインプロセスに落とし込んだのが上の図です。基本は「書く」こと。参加者は個人個人でストーリーを作成します。実際のプロジェクトでは各パートをグループワークと個人ワークで使い分け、グループでの対話からアイデアを膨らませたり、「読む」行為からも視点を得たりします。IDLではこのあと紹介しますが、ストーリーを考え、書きやすくするためのフレームを用意しています。フレームに従い、舞台設定、プロット作成、ストーリー作成と節目節目ではIDLメンバーが「問い」を投げかけます。なぜそうしたのか、別の味方はないのか、いわば作家に対する編集者のように伴走し、ストーリーメイキングのプロセスの価値を高めます。
今回はひとまず「書く」行為にフォーカスして、仮説にどのような影響を与え、どのように変化するのか、IDLメンバーが外部パートナーも交えて取り組んだ事例を参照しながら説明します。
仮説を始まりと終わりのあるストーリーに置き換える「舞台設定」と「三幕構成」
事例として紹介するプロジェクトのテーマは「新しい家事の意味」を考えること。立場や属性の異なる、日常的に家事をする複数の女性にインタビューを行った結果、何かしらの方法で家事の効率化・外部化に取り組んでいる一方で、アイロンがけに皿洗い、人それぞれですが手放したくない家事もあるそう。避けたいのは家事の義務感と予測不能な点。自己決定感のない家事から解放されたいという彼女たちの強い思いから、よりよい未来の家事の在り方を考えました。
立てた仮説は「義務としての家事から解放されたとき、家事に新しい意味が生まれる」。これを具体的な世界観とそこで起こる物語に落とし込み、新しい意味のヒントを探りました。
まずは物語の舞台設定ですが、まだ見ぬ世界を描くためにここはグッと想像力を飛躍させる必要があります。時代は2030年代、入居者は炊事・洗濯・掃除、一切の家事をしなくて済むゲーテッド・コミュニティ「クリーン・ヴィレッジ」。私たちは思い切って「家事をしなくてよい世界」を設定しました。私たちと同じように働き、人と関わりながら暮らして生きる主人公の女性がこの場所で何を考え、どんな行動をするのか。またクリーン・ヴィレッジはどのような仕組みで成り立っていて、外の世界とはどんな関係性なのか。箱庭的舞台を設定しただけで想像力は掻き立てられ、さまざまな角度からの視点を向けられます。
ストーリーを描くガイドラインとして、舞台設定の次にプロットを考えます。プロットとは物語の筋、構造を意味します。このプログラムでは(主に映画の)脚本構成の王道とされる「三幕構成」をベースにしました。詳細は省きますが、第一幕で状況設定がなされ、第二幕では主人公の物語上の欲求に対する葛藤が訪れます。第三幕でその葛藤を乗り越え、結末に向かうという流れです。こう聞くだけでも、たしかに定番の名作もそうだったようなと思い出させるようなシンプルさですが、だからこそ作家でもない私たちが物語を書く際のガイドとして非常に役に立ってくれるのです。
始まりと終わりがある物語にするのは大切なポイントです。人々の暮らしや社会は一定ではなく、日々流れ、変化します。私たちがよりよい未来を想像して捻りだした仮説、ビジョンやコンセプトも、変化のある社会で受け入れてもらわなければなりません。仮説の受け取られ方も一様ではないでしょう。そのためにも第二幕で葛藤を繰り返す三幕構成が機能します。
この過程を経た仮説には必ず、何かしらの変化が起こります。想像した世界や暮らす人の行動に照らし合わせ、まったく異なる方向に向かうこともあれば、より強度を増す結末も十分あり得ます。このプログラムはストーリーの面白さを競うものではありませんが、強いて言うならば、テーマとなる仮説をどのくらい揺さぶれたか、ここは意識して取り組んでみるといいかもしれません。
「家事をしなくてよい世界の暮らしとは?」詳細に書いて気づいたこと
さて、ここまでは具体的にストーリーメイキングを行うためのステップを通じ、仮説に与える影響、すなわちこのプログラムの狙いを説明してきました。続いては私たちがもっとも大切にしているクリティカル=批判的な視点を得るための具象力、詳細に書くことについてお話しします。
舞台設定についての説明でこのように書きました。
私たちは思い切って「家事をしなくてよい世界」を設定しました。私たちと同じように働き、人と関わりながら暮らして生きる主人公の女性がこの場所で何を考え、どんな行動をするのか。またクリーン・ヴィレッジはどのような仕組みで成り立っていて、外の世界とはどんな関係性なのか。
ストーリーの詳細な場面を書くことは、まさにこれらの問いに向き合う作業です。新しい家事の意味を考える私たちのプロジェクトでは、二編のストーリーを作成しました。
『音のある世界』では、働きながら家庭の家事全般を切り盛りする女性が主人公。彼女の身になってその生活を想像したとき、浮かんできたのは子どもの泣き声や、炊事、洗濯で鳴り響く様々な生活音でした。それを煩わしさと感じていた彼女は第二幕で音のない世界、クリーン・ヴィレッジに移り住みます。望んでいた音のない空間での暮らし。彼女は違和感を抱き、孤独や虚無を感じ、最終的に家事を手元に取り戻す選択をします。
家事の現場を詳細に想像し、描く過程で「音」に着目した結果、この物語を経た仮説は「義務としての家事から解放されたとき、マインドフルネスとしての家事が残った」という、ひとつの方向性を導き出しました。
もう一編のタイトルは『箱舟』。第一幕では主人公の女性が母親との関係性から家事をできるだけ遠ざけている理由の設定がされます。第二幕で彼女は、価値観を共にする夫と二人、クリーン・ヴィレッジにて家事をしない生活を満喫します。共有スペースでのティータイム、人気のカフェで買ってきたカフェオレを飲むと、ここにはゴミ箱がないことに気づきます。ゴミを捨てない、洗濯もしない生活をほかの誰かが支えていることに思いいたるのですが、それでもコストをかけているのだからと、彼女は自身の選択を肯定します。
ところが第三幕、ひょんなことから実家に帰った彼女は地域で生き生きと家事にいそしむ母の姿を見かけます。地産地消の食材は各家庭のレシピとともにシェアされ、各家庭のゴミは再利用されるサイクルが実現しています。母は地域の人々とともに家事を家の外に開き、地域の人と共同体を築いていました。義務としての家事から解放されながら、家事を通じて持続可能な地域社会に貢献する母の姿に衝撃を受け、彼女は自身の選択へ疑いのまなざしを向けます。
このあとストーリーは思わぬ結末に向かいますが、『音のない世界』が家事の価値について内面に向かったのに対し、『箱舟』では家事を通じて社会とつながる未来が描かれました。
※二編の短編はこちらでダウンロードいただけます。仮説を立てた背景や、ストーリーメイキングを通じて得られた気づきについて詳細の「解説」もつけております。ご興味お持ちいただけましたらぜひご覧ください。
おわりに:よりよい未来を考えるための批判的な想像力
「新しい家事の意味」を考えるプロジェクトはリサーチを経て「義務としての家事から解放されたとき、家事に新しい意味が生まれる」という仮説を立てました。この仮説を捉えなおすためのストーリーとして、少し先の未来で家事をしなくてよい暮らしを送る女性を詳細に描いた結果、義務としての家事から解放されたとき「マインドフルネスとしての家事」と「家事を通じて社会とつながる」、二つの異なるビジョンが現れました。
いずれのビジョンも、当初ポジティブに捉えていた「義務としての家事からの解放」に対し、「閉鎖性」や「排他性」といった懐疑的な視点が生まれ、それらのネガティブな印象を逆転させるような形で新たな価値を生み出しました。これは当初の議論では想定していなかった内容というか、書いた本人も書き始めるまで考えてもいませんでした。
よりよい未来の姿を描く内発的なアプローチに批判的な視点を加え、仮説に変化を与える。ストーリーメイキングに必要な想像力、構成力、具象力を活用したデザインアプローチの可能性を少しでも感じていただけましたででしょうか? 最後にひとつ付け加えると、読み手を意識することもこのアプローチの価値だと考えています。
想像力は、先の見えない未来を考えるうえでもちろん欠かせません。しかし、不確実な未来の社会を見通すのと同じくらい、多様性が重んじられながら分断が進むこの世界で他者を思いやるためにも「想像力」が求められているのではないでしょうか。よかれと思った自分たちのビジョンが独善的になってはいないか。創造的で楽しいアプローチだからこそ、忘れてしまいそうなそんな視点を、これを読む人はどう思うだろうと、読み手を意識することで思い出させてくれるはずです。
IDLではデザインを研究開発活動そのものとして扱うコンセプトを「Design as R&D (DRD)」と定義し、個別の製品・サービスのデザインのみならず、企業にとって重要に扱うべきデザインテーマ(イノベーションのための研究課題)を探索しています。このコンセプトを推進するのに役立つのが上記の図で表したDRD Spiralです。
※Design as R&D (DRD)の詳細についてはこちら
※DRD Spiralの詳細についてはこちら
この記事で紹介したクリティカル・ストーリー・メイキングを用いたプロセスは、PoV(Proof of Vision)の部分に該当します。この先には、作り上げた未来における新しい家事の意味についてのビジョンを領域の専門家や実際に家事の担い手となる人たちに当ててその可能性を検証するステップが考えられます。検証を経てサービスやプロダクトのコンセプトとして具体化すれば、プロトタイプを繰り返し、サービスインを目指す流れに入るのが理想です。もちろんビジョンやコンセプトの段階でサイクルを回し、より深めていくことも可能でしょう。
またはこうした開発の一部ではなく、シンプルにビジョンを策定する場面でも大いに活躍するはずです。たとえば近年参加型のアプローチが定番化しつつある自治体の総合計画。地域に住む多様な人々の思いを形にするうえで、ストーリーメイキングのプロセスがお互いの違いを知り、理解を深める一助となることは容易に想像できます。
IDLでは今回ご紹介したクリティカル・ストーリー・メイキングをより多くのテーマで活用できるよう、進化させたいと考えています。ご興味お持ちいただけましたらお気軽にお声がけください。ぜひご一緒しましょう。
(IDL Design Strategist 遠藤英之)
「クリティカル・ストーリー・メイキング」サービス概要資料のダウンロードはこちらから
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