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海洋の安全と物流の効率化を目指し関連船舶を建造・供与【日本国際協力システム(JICS)援助をカタチに】

モルディブ、ナウルに対する経済社会開発計画
太平洋島嶼国を対象とした船舶関連の支援は、その地勢的な特性からこれまでも注力分野の一つであったが、2021年に開催された太平洋・島サミット、さらに日本政府が重視する「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)の政策の下、政府開発援助(ODA)による支援案件は増えている。経済社会発計画による船舶建造・供与の“最前線”を調達代理機関、(一財)日本国際協力システムの取り組みから探った。



油流出事故から海を守る

 無償資金協力の「経済社会開発計画」による船舶関連の供与実績は浚渫船や貨客船、警備艇、漁船、各種作業船など多様だ。近年ではモルディブに対する海上油流出事故への対応能力強化を目指したオイルフェンス展張船、またナウルの港湾整備強化のためのタグボート供与などが注目される。
 モルディブはインド洋シーレーンの要衝に位置し、航行する船舶も多い。そのため規模の大小を問わず、油流出事故が発生しており、サンゴ礁など豊かな生態系や観光資源への影響が懸念されていた。観光産業は国家収入の枢要な柱であり、多くの雇用を生む重要なセクターだけに、油流出事故への対応能力強化が急がれていた。同国政府からの要請を受け、日本政府が経済社会開発計画の実施を決定したのは2018 年のこと。交換公文(E/N)締結は2018 年12月4日。供与額は3億円。調達代理契約(A/A)が結ばれたのは同12月27日である。
 この案件の開始から入札までを担当したJICS 業務第二部地域第六課の村山博紀氏によると、油流出事故などに対応する同国沿岸警備隊を対象に、同隊が国内4 カ所に据える活動拠点に日本製の油処理機材を調達。流出事故への対処能力の向上・強化を図るというのが支援の骨組みだ。「先方は当初、大規模な流出事故への対応を想定していたが、日本側との協議の結果、事故の多い沿岸部での対策用の機材が選定された。首都マレの海岸線には石油備蓄タンクがあり、そこからの油漏れや火災が発生したとき、即応できる機材だ」と村山氏は話す。また、業務第一部地域第三課の宮田直承氏は、(一財)海上災害防止センターのアドバイスを受けながら「油流出事故が発生した時に一連の対応が可能な機材構成を用意した」と言う。
 すなわち、油流出の拡大を防ぐ「オイルフェンス」、それを迅速に遠方まで展開するための「オイルフェンス展張船」、続いて油を吸い出すための「吸着フェンス」、「吸着マット」、「吸着ロール」、さらに海水と油を同時に吸い取る「オイルスキマー」、そしてオイルスキマーで回収した油と海水を排水と排油に分離する「油水分離器」、それらを一時貯留する「排油用タンク」、「排水用タンク」などを供与し、様々な事故対応を実現するための機材が調達されていった。

難しい納入のタイミング

 一方、調達した船舶が有効に、かつ末長く活用されていくためには停泊地、運用要員の有無、維持管理費の確保状況など事前の調査がきわめて重要になる。モルディブの案件ではJICS の担当職員が現地出張し、港湾施設などを事前に確認するとともに、不明点については沿岸警備隊に丹念にヒアリングを行い、調達機材の仕様を固めていった。JICS の調整機能がもっとも発揮されたのは、やはり船舶の調達だ。裏返せば苦労の多かったポーションでもある。
 船舶の調達には、契約締結から設計・製造・納入まで1 年半から2年程度の期間を要する。設計・製造段階では「設計を製造に合わせて見直す調整」(宮田氏)が必要になる。例えば船舶の調達では、契約締結の段階で図面が用意されるが、製造を進める過程で、艤ぎそう装品の数量や据付位置の調整が必要となる場合である。JICS は製造状況をモニターしながら、サプライヤーやメーカーからのアドバイスも受け、モルディブ側と適宜調整を図り、施主の要望に最大限即した船舶が製造されていくよう、関係各所をフォローしていった。
 また、船舶とその他機材の製造期間が大きく異なることから、納入のタイミングも難しい課題であった。前出の村山氏は「他の機材が納入されても船舶が未着では調達機材全体が仕組みとして機能しない。無駄な時間をいかに
無くすかが鍵。船も機材も同時に使い始め、保証期間を可能な限りそろえることがもっとも合理的」と話す。そのため、長期間を要する船舶以外の機材は同じロットにまとめ、出来る限り納期をそろえる工夫が必要だったという。
 ナウルに対する経済社会開発計画の実施につきE/N が結ばれたのは2018 年12 月。供与額は6億円。生活必需品の多くを海外からの輸入に依存する同国にとって、ただ一つの国際港であるアイウォ港は、国民生活を支える“物流のハブ”の役割を担っていた。
 ところが、コンテナ船などの大型船が入港できないため、荷揚げは小型ボートによるピストン輸送が頼りで、作業効率が著しく悪い上、安全性にも大きな問題を抱えていた。こうした状況を踏まえ、今回の支援ではタグボート1 隻に加え、大型の輸送コンテナを積み下ろしするリーチスタッカー2式スペアパーツ、セミトレーラー機材4式、さらにタグボート調達のための事前調査、実施設計、入札補助、建造監理業務などを担うコンサルタント役務も調達された。JICSとコンサルタント契約を結んだのは、この分野で実績を持つ(一財)日本造船技術センターだ。
 一方、この案件は2018 年1月、アジア開発銀行(ADB)や緑の気候基金(GCF)、豪州政府に承認された「ナウル国向け持続的かつ気候変動に強靭なプロジェクト」(融資額約8,000 万米ドル)で実施されるアイウォ港の整備開発との密接な連携が求められた。ドナー間の効果的な調整を図り、支援の相乗効果を高めていくこともJICS の大きな役目になった。業務第一部地域第一課の佐伯貴大氏は「全体のスケジュールの中で、日本の支援だけが遅れるということがないように、通常のプロジェクト以上に調整業務と案件監理には気を配った」と話す。

研修用に動画を独自制作

 モルディブ、ナウルの案件とも大きな課題になったのはトレーニングをどうするかだ。新型コロナの感染拡大により、海外渡航が厳しく制限される中、ナウル案件で主体になったのはオンラインの活用だ。特に船舶については、操作・保守トレーニングが運用上欠かせないため、日本側は操作手順などを説明した動画を作成し、タブレット型PC を2 台送り、「このファイルの何分のところを見てください」という形で研修を進めていった。動画の作成に当たって、サプライヤーはタグボートを製造した青森県の(株)北浜造船鉄工を訪ね、トレーナーの日本語の説明に英語で字幕を付けるという工
夫も凝らされた。またモルディブ案件では、沿岸警備隊5人を日本に招聘し、JICA の集団研修の海上油濁回収コースを担当する実績をもつ海上災害防止センターによる研修の受講機会を提供した。新しいトレーニングの道が切り開かれたと言えよう。

モルディブ海上油濁回収研修の様子、沿岸警備隊の5人が日本に招聘された

本記事掲載誌のご紹介

本記事は国際開発ジャーナル2022年6月号に掲載されています。
(電子版はこちらから)


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