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【BOOK INFORMATION】人の心理から考える紛争と和解

『紛争と和解を考える―集団の心理と行動』
近年、心理学を応用した武力紛争の分析が試みられている。心理学者である大渕憲一氏が編集を務める同書では、心理学の視点から集団間紛争と和解の心理メカニズムを解き明かしている。今回、第10章を執筆した小向絵理氏と大貫真友子氏が同書の要旨を解説する。
国際協力機構(JICA)国際協力専門員(平和構築) 小向 絵理氏
国際協力機構(JICA)研究所 研究員 大貫 真友子氏


 近年の武力紛争は国内紛争を中心に増えつつある上、長期化する傾向にある。いったん終結しても再発する確率が高く、民間人の被害も多い。また紛争時には自分のコミュニティーの中に敵対集団の人がいることも珍しくないため、紛争終結後にコミュニティーを再建するにあたっては、対立していた集団同士が協力関係を築き、和解を促進することが重要となる。
 この和解へのアプローチとして、本書では紛争当事者とそれを取り巻く人々の心理に着目した。具体的には、国家、民族、宗教などの違いに起因して、さまざまな集団の間で起こる紛争と和解の心理メカニズムが解き明かされている。本書の前半では、主に心理学者らが敵意の拡散や紛争の激化の根源にある集団心理のメカニズム、和解につながる謝罪と赦しの効果、加えてメディアや外交の役割などについて、実験や調査などの実証的方法によって得られた知見と理論を紹介している。後半の章では、政治学者、歴史学者、国際協力の専門家などが、旧ユーゴスラビア諸国やルワンダを事例に、歴史、政治、教育、国際協力などの観点から紛争の経緯と和解の実践を分析し、人々の心理メカニズムとその背後にある社会的要因を明らかにしている。社会的要因には政治勢力間の権力争い、経済と世界情勢の変動、和解を促す政策などが含まれている。
 編者である放送大学宮城学習センター所長・東北大学の大渕憲一名誉教授は、暴力を含む集団間紛争を解決するには、(1)「和平」(暴力的抗争を停止させ紛争の再発を防ぐ)、(2)「積極的平和」(紛争の原因となる抑圧・差別・貧困を解決する)、(3)「和解」(敵意や不満の解消などの心情変容)が必要であると指摘しており、本書では網羅的にこれらについて分析・考察している。
 われわれが執筆した第10章では、国際協力機構(JICA)の技能訓練がルワンダの和解にどのようなインパクトをもたらしたか、インタビュー調査を通じて分析した。事例として焦点を当てたのは、「障害を持つ除隊兵士の社会復帰のための技能訓練プロジェクト」と「障害を持つ元戦闘員と障害者の社会復帰のための技能訓練及び就労支援プロジェクト」だ。調査の結果、両プロジェクトによってルワンダ社会における障害者支援への効果や、受益者・周辺コミュニティーへの社会、経済、心理的効果、さまざまな集団間の接触による効果、さらには元戦闘員との接触による一般障害者のエンパワーメント効果がもたらされたことを確認した。一方で、人々のすべての感情や認知がこうした言動に表出するとは限らず、「和解」の効果やその持続性を推定することは難しい。よって、これらの重層的な心のメカニズムを紐解く心理学の観点から分析することで、より実態が明らかになると思われる。
 本書を通して紛争に関わる人間心理のメカニズムを知ることで、紛争影響国への国際協力のあり方を改めて考えるきっかけとしていただけると嬉しい。


『紛争と和解を考える―集団の心理と行動』
大渕 憲一 編
誠信書房
本体2,400円+税


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2020年3月号に掲載されています
(電子版はこちらから)

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