見出し画像

【BOOK INFORMATION】リプロダクティブヘルス・ライツの具体化への大胆な挑戦

名古屋外国語大学の佐藤都喜子教授は、1997~2013年にわたりヨルダンで実施された国際協力機構(JICA)の「女性のエンパワメント・家族計画」で、プロジェクト・リーダーを務めた。本書から引用すれば、イスラム圏でこの二つの文化的・社会的に繊細なテーマに挑んだのは、援助機関としてはJICAが初めてだという。その挑戦を綴った『現代ヨルダン・レポート―アラブの女性たちが語る慣習・貧困・難民』について、同プロジェクトに携わったJICA人間開発部の坂元律子氏(保健医療専門役)が解説する。


 「保健プロジェクトの短期専門家が、畜産や養蜂の指導を行う?」2001年、当時JICA医療協力部に所属していた私が佐藤都喜子氏からプロジェクトの内容を聞き、思わず口にした言葉だ。この時から、「産前産後ケアや避妊方法についての啓発活動が中心の家族計画・母子保健プロジェクトとは毛色が違う」と感じていた。その特異性はプロジェクトが進むほど明らかになっていった。
 このプロジェクトには、宗教リーダーや部族長を含んだコミュニティー会議、男性のみを対象とした啓発研修、収入創出(女性へのローンプログラム)など、一見すると実施が難しそうな活動が多く、興味を惹かれた。四半期に一度、現場から送られてくる活動報告書を読むのを毎回楽しみにしていた。
 このプロジェクトは、一言で述べるならば、1994年に開催された国際人口開発会議(通称カイロ会議)で定義されたリプロダクティブヘルス/ライツの具現化を試みたものだ。リプロダクティブヘルス/ライツは生涯にわたる女性の健康とエンパワメント、および性と生殖に関わる男性の役割と責任を問う概念で、保健分野の開発援助にパラダイム転換をもたらした。
 だが、プロジェクトの対象地は保守的なイスラム教徒の多いヨルダン南部だ。中には、家族計画や女性のエンパワメントは「外国から持ち込まれた文化的侵略」と受け取る人も少なくない。そんな中、この繊細なテーマに挑むことにした専門家チームに対して、当時JICAは「住民から石を投げられたら、活動の途中であっても逃げ帰ってきてよろしい」と檄を飛ばしたと、佐藤氏は振り返っている。カイロ会議からわずか4年しか経っていない中で、初の包括的アプローチによるリプロダクティブヘルス/ライツ案件に挑もうとした関係者の豪気を感じる。それも、家族計画における女性エンパワメントの重要性を、ケニアでの実践を通して証明した実績を持つ佐藤氏という内部人材(国際協力専門員)の存在があったからこそだ。
 本書で描かれるプロジェクト関係者たちの奮闘と、成果が顕在化するまでのプロセスは、読んでいて爽快だ。地元の行政官や部族長、宗教リーダー、はてはバスマ王女の信頼までをも獲得し、アラブ社会で物事を動かすカギとなる「ワスタ(コネ、人脈)」をどう勝ち得ていったか、その試行錯誤が細やかに語られている。後半で綴られているシリア難民のヒューマンストーリーも、苛烈で身に迫る。
 ヨルダンは、アラブ穏健派として域内政治の調整役を担ってきた。この国における平和と安定が中東の地政学上、重要なポイントだ。本書の最終話「これからのヨルダン コロナ禍の未来を探る」では、難民問題、経済、コロナ対応と多くの課題に囲まれるアブダッラ国王統治について述べられている。
 正直、読む前は事業の道のりを描いたプロジェクトヒストリーだと思い込んでいた。しかし、読了後、なるほどタイトルどおり、「現代ヨルダン・レポート」たる構成と内容であることが分かった。充実の一冊である。



『現代ヨルダン・レポート―アラブの女性たちが語る慣習・貧困・難民』
佐藤 都喜子 著
名古屋外国語大学出版会
2,000円+税


・Amazon

・紀伊國屋書店

・Rakutenブックス


本記事掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル2022年5月号に掲載されています
(電子書籍はこちらから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?