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【寄稿】農業研究と普及事業をつなぐ「知識のサプライ・チェーン」強化で食料増産へ

ウクライナ戦争で顕在化したアフリカの弱な農業生産環境。 この脆弱性からの脱却のカギは、農業振興に資する改良技術・知識を育み、その成果を現地農家たちにつなげることだ。(一財) ササカワ・アフリカ財団(SAA)は1980年代半ばからアフリカの農業振興・穀物増産に向け、小規模農家を対象に農業技術・知識の普及に長年取り組んできた。 現地で芽生えている農業デジタルトランスフォーメーション (DX)の可能性や、それらを後押しするパートナーらとの連携について、北中真人理事長が解説する。


技術を発掘し農家に伝える

 アフリカ各国は、ウクライナ 以前から肥料を含め農業投入 前の高騰で大きな影響を受けている。 また世界的規模で進行する気 変動によって、昨年は東アフリカで干ばつ、ナイジェリアなどで大規模な洪水がもたらされ、農業生産のみならず、地域住民の生活に大きな影を落とす。
SAAは現在、エチオピア、マリ、ナイジェリアとウガンダに事務所を設置し総勢160人のアフリカ人スタッフにより現地に根差した食料安全保障に取り組んでいる。これまでの36年間のSAAの取り組みは、主に以下の2点に集約される。
①アフリカ農業の持続性を支える技術やイノベーションを発掘・開発すること
②開発された技術やイノベーションを実用的な形でパッケージ化し、小規模農家に届けること
 ①は農業研究 ②は農業普及に関わるテーマだ。これまでも国際機関をはじめ、多くの農業専門家が取り組んできた課題でもある。
とはいえ、現場では一つの課題を克服しても、また新しい課題が出てくる繰り返しで、いまだ特効薬は見つからない。
 しかし、各国においては現状をブレークスルーする取り組みも生まれている。 本稿では、こうした農業普及のデジタル化への最新の取り組みも紹介したい。いずれもキーワードは「農業研究と普及 事業をつなぐ“知識のサプライ・チェーン”の強化」である。


約7万人の農業普及員を訓練

 まずは、新型コロナウイルス感 染症の世界的流行や気候変動の影響にもかかわらず、 小麦を増し、隣国に輸出可能となったエチオピアの取り組みを紹介する。SAA は1993年、 同国に現地事務所を開設した。 1995年には同国政府はSAAの展示場モデルを生産試験プロットとして採用。 そして全国 35万カ所に展開する同国の農業普及システムが構築され、改良が加 えられた。 現在は数人の普及員が常駐する約1万2,000カ所の農家研修センター (Farmer Training Center :FTC) に集約され、地域の農業普及事業の中心を担っている。
 こうした強固な普及システムに農業イノベーションがうまく乗れば、増産が可能となる。 しかし、さまざまな改良技術オプションの中からその地域に適し、定着する技術を指導するにはそれなりの経験が必要だ。SAA はこれまでに同国の約7万人の農業普及員を調練し、 現場での実践力向上に努力してきた。エチオピア政府も政府支出の10%以上を農業セクターに振り向けようというマラボ宣言 (2014年) を重視し、全国に展開する普及システムの強化を後押ししている。
 今後の課題としては、農業普及の中心となるFTC が気候変動対策、デジタル化、脱炭素技術などこの課題への対応能力を強化することが挙げられる。SAA は現在、日本の外務省のNGO 連携無償金協力スキームを活用し、乾期栽培のための貯水槽の設置や、環境データを収集する各種センサーを備えた農業AIブレーンの試験的導入などを実施。FTCを核とした実的な農業イノベーションの実証とその普及に取り組んでいる。


アフリカの農業の未来を担う若者たち(ナイジェリア)


スマホで市場と農村部をつなぐ

 次に紹介するのはウガンダの事例だ。約7万人の農業普及を介して技術・知識を農家に伝える、オーソドックスなスタイルのエチオピアと異なり、ウガンダでは 1990年代の構造調整政策の影響で、全国に2,500人程度しか普及員がいない。そのため、普及員は農家を直接指導するより、担当地 域の農業計画を立案することが主な業務になっている。同国で実際に家を指導しているのは、Community Based Facilitator (CBF)たちだ。CBFは地域のリーダー的農家で、周りの農家をアドバイスするため「農家普及員」と呼べる。このCBFが各地域で農民を指導する仕組みは、2004年にSAAが開発した。
 SAAは2012年に Community Association Trader (CAT) の仕組みも導入。コミュニティから選出されたCAT が、地域の農家を束ね、農業資材や穀物の共同購入出荷、運搬を担い、農村と市をつなぐ役割を果たす。 CAT を2018年に正式に制度として認定した政府は、現在、3万2,000人のCAT増員に取り組んでいる。
 同国の特徴は、天気予報、市場 情報 農業資材の購入、技術情報の提供、銀行決済などを統合したスマートフォン用アプリが複数及していることだ。CAT も活用するこうしたアプリは、ローカル言語を含む多言語に対応している。脆弱な公的普及システムが逆に同国のデジタル化を推進し、最新ツールへのアクセスにつながっている。


国際食糧政策研究所とも連携

 今後の課題は、世界の 農業イノベーションをいかにアプリ等に取り込み、 農家に伝えていくかだ。例えば、ウガンダで普及しているアプリは、気候変動に対応した新品種や栄養価の高い品種の種子を購入することを可能にする。しかし、その地域の気候・土壌条件に合った品種かどうかは、アプリから判断できない判断できない。
 この課題を克服する取り組みが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援のもと、ナイジェリアにある国際熱帯農業研究所 (ITA) で行われている。 IITAは同を緯度によって5層の気候・土壌生態系に分け、それぞれの層の基礎情報をデータベースとして整備し、スマートフォンのアプリから見られるようにする仕組みを開発。これまでトウモロコシ、コメ、キャッサバに対応したアプリが完成している。 ナイジェリアの普及員はスマートフォンから情報を見ながら、農家に培指導を行うことが可能だ。 SAAもナイジェリアのカノ州でこのアプリの普及に取り組んでいる。
 SAAではこのような普及システムのイノベーションを念頭に、2022年に国際食糧政策研究所部(IFPRI)と覚書を締結し、普及部門の強化に向け連携しているほか、昨年は第8回アフリカ開発会議(TICAD8)で多元的な農業普及システムをテーマにサイドイベントを共催した。 農業イノベーションに関してはITA をはじめ各国の農業試験場、大学と現地レベルで頻繁に情報交換を行い、既存アプリ普及システムに取り入れる技術・知識の共有を図っている。今後はChatGPT等の活用も検討していきたい。
 さらに、2021年に始まった SAAの5カ年事業戦略の柱である環境再生型農業(Regenerative Agriculture)に関しては、(公財) 日本財団の支援のもと (国研) 国際農林水産業研究センター (JIRCAS) が、アフリカ型の環境再生型農業の確立をめざす研究事業を今年4月からスタートさせた。
 農業技術はその国の気象・土壌・栽培情報のデータだけではなく、農家の志向も踏まえ開発する必要がある。 各国の資金不足という難も立ちはだかる。 しかし、SAA は世界の農業研究の成果と普及事業をつなぎ、小規模農家が自ら実践可能な技術と知識のサプライ・チェーンの強化を担う国際NGOとして、今後もアフリカの食糧問題に果敢に取り組んでいく。

寄稿者:ササカワ・アフリカ財団 理事長 北中 真人



本記事掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2023年6月号に掲載されています。
(電子版はこちらから

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