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いびつさをまとった生きもの:奥村土牛「城」

2022年1月に行った奥村土牛展。
いつかまた会いたいなぁと思っていた作品にたくさん出会えました。

作品から受けた印象や、感情の動き、作品が放つエネルギーの流れ、よみがえる記憶。
展覧会を楽しむ時、私はそういう作品と私の空間で起きた具体的な現象をその場で言葉にしてメモしています。

この作業がとんでもなく負荷の高い作業で、
作品との空間を楽しむ
 ↓
楽しさをキャッチして紐解いて、感覚に分類する
 ↓
それを言語化する
というのができるのは90分が限界。

言語化するという楽しみ方はしないで、作品との空間を楽しむのだけでも集中力が必要で、それも90分くらいが限界。

今回の奥村土牛展では、そうやって楽しんだ作品のいくつかについて、お話します。

今回お話するのは、「城」という作品です。
日本の古いお城(姫路城)をモチーフにした作品。

空が城を押し出す

絵の上部には空があるんだけれど、空が空っぽくない不自然な表し方で、それが白い城の壁の迫りくる感じをグッと押し出す。
空の部分は、ところどころにじんで、ベタぬりのように塗りつぶしてある。
ベタぬりみたいって思ったけど、にじんでいたり不均衡な色合いがあるから、ベタぬりじゃない。
空は、色味の印象しかそこに残さない。
だから、この作品を見ている私はこの空を見てない。
色を感じているだけ。
その演出が、城を下から見上げているような、城の迫りくる圧倒感に押される気持ちをあおる。
作品からこちら側にエネルギーが注がれて、「城が寄ってくる」と感じる。

いびつさをまとった生きもの

城の角ばった穴や窓のとい部分、屋根瓦のツンとしたするどさと残忍さ。
真っ白ではない壁の持つ、淡いやわらかな風化のロマン。
古いお城の雄大さや荘厳さとは違う、複雑なエネルギーを感じたのを覚えている。
時間の経った今では、それが言葉にならないけれど、展覧会で書いたメモにはこう記してあった。

「規則正しい瓦の並びが、
濃淡やいびつさをまとって
生きもののようにそこに存在している」

そうか、そういう感じを受けたのか。
ただ堂々とした姿だけではない、何か引っかかりのある魅力に惹きつけられた感覚だけは鮮烈に覚えている。
でも、その感覚を言葉にできるのは、作品と対話している中から、フワッとすくいあげて、そっと手帳にうつしとる作業をその場でしていたからこそだと思う。
「城」の前で、感情と感覚と言葉を手繰り寄せ続けた当時の私、グッジョブ!

体が反応したくなる

この作品の前からなかなか離れることができなかった。
絵は真正面にあるのに、
首をそらせて、顔を上の方にあげたくなる。
顔を上にあげて首を伸ばす勢いで、のどをぐっとしめられるような圧迫感がある。
体がそういう反応をしたくなるような作品。
となりに置いてあった、城のスケッチが写実的で誰が見ても「絵の上手な人が描いたんだね」と思うような上手できれいなスケッチだった。
ただ、それは空間を波立たせるような作品というよりも、命が吹き込まれるちょっと前の作品という感じ。
土牛の作品で、この人は絵がうまいから画家になったんだろうなぁと思ったことはなかった。
私は初めて土牛の写実的な絵を見て、衝撃を受けた。
土牛がこういう技術力を持ちながら、自分自身の作品にたどり着くまで、どれだけの道のりを探って歩んできたんだろう。

参考資料

作品の絵ハガキも手元にないのですが、
作品の写真が掲載されているサイトを見つけたので載せておきます。

ぜひ、いつか機会があれば、山種美術館にいる「城」という作品に会いに行ってみてください。

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