見出し画像

コピーは自分の中にあるものからしか書けない。自分を変えるためには、自分の置く場所を物理的に変えることだって気づけた。 〜太田恵美さんインタビュー(後篇)〜

ideas_together_hotchkiss 159
【そうだ 京都、行こう。/JR東海】
京都✗自分とは違う人に憑依

----HONDAの話をお聞きしたいです。京都が始まってからさらに20年経ってからこの仕事に出会いました。

太田 HONDAが若い人の心をうまくつかめてないんじゃないか、クルマを売る売らないじゃなく、若い人にどうふり向いてもらうかというお題でした。なんで私に東畑幸多CDが依頼してきたのかを考えた。売る売らないだけが条件だとしたら、クルマに詳しい人に頼めばいい。でも免許もない私に頼んできたってことは、クルマに興味を持ってない人にも、クルマが幸せを感じるものになるのかを考えることなんだと。CDからは今の時代は分断だ。クルマによって分断を超えるってくらいまで語れるといいと。いろんな本を読んでいる中で、社会学者の見田宗介さんの話がおもしろくて。それが「プラトー(高原)」ってこと。経済成長しなくていいって話をすると、それを聞いた人はすぐ下降してしまうんじゃないかって心配してしまう。そうじゃなくて「プラトー」という考え方があるはずだと。高原に行くと一番見晴らしがいい。そこでは何が必要で何がいらないか、何が私有で何が共同財産かがわかるはずだって書かれていた。そうやってどこか違うところに行くんじゃなくて、見晴らしのいいところに行くって仮説をたてるのはおもしろいなと思った。
 
——おもしろいですね。
 
太田 もうひとりは哲学者の東浩紀さん。彼は検索すればいろんな情報が出てきて、どこにでも行けると思っていた。でも子どもが生まれて強制的に移動させられると、初めてきた土地で見たことない地名に出会う。すると、その地名を検索せざるを得ない。ある場所に身を運んでみると、検索ワードが変わってくる。検索ワードが変わらない限りはどんな高性能なPCを持っていても、結局自分の世界は何ひとつ広がらないってことを子どもから教わったと語っていた。またお正月にたまたまNHKで若き学者たちの集まる番組があり、京大で言語学をやっている女性が「世界の言語って8000くらいあるんですよ~」って。そりゃ8000も言語があれば、いろんなことが違うのは必然。それを乗り越えて共通項があるはずだから、それを見つけるために自分を連れ出すってステートメントを書いてみたの。それを読んだCDがHONDAにはいろんな種類の商品があるから、キャンペーンとして続けて展開していけると野心を持った。もちろん、私も野心を持った。笑 そのためにはスローガンを持つのがいい、しかもデザインとしてもフレームになる英語がいいんだけど、でもなかなかダサくない英語が出来なくて悶々としたわけです。そしたら、ちょうど宇多田ヒカルさんが日本に帰国中で、テーマ音楽を提供している報道番組に出演するっていうからチャンネルを合わせた。当時人種問題があちこちで起こっていて、それに対してロンドンに住む宇多田さんはどう思いますか?って司会者が尋ね、それに対する彼女の回答はこうだった。ロンドンだと人種差別は当たり前で、いろんな人がいて危ないこともいっぱいあるし、私自身アジア人である。自分が今できることは日々状況が見えているか、確認することが大切だと。それを彼女は英語で「Vantage point」って表現したの。え、それって見田さんが書いていた見晴らしのいい場所に行くってことなんじゃない?いただき!って。笑

HONDA/CIVIC「Go Vantage Point.」

——このHONDAの自分を連れ出そうという考えは、京都キャンペーンで自分を連れ出した経験とどこかでつながっていたんでしょうか?
 
太田 そうよね~。すごくつながっていたと思う。自分が変わらなきゃっていうのとは違う。いろんなものをインプットしないとつまらない、次には行けない。自分というものに飽きてしまうから。ただ、京都のときは自分のことで精一杯で、みんながそうなればいいというまでの視座はなかった。それがいろんな人の話を整理することで、連れ出すとフェアになるし、謙虚にもなるし、結果、それが人にとって必要なことなんだとより理解できた。
 
——ここで思考についての話を聞かせてください。そうやって優秀な人はあーでもないこーでもないとずっと考え続けてる。しかも、他の仕事も抱えながら。すると考えていることに様々なことがリンクしてくる。いわゆるネガティブケイパビリティ。それって、どうしたらできるんでしょうか?
 
太田 私はサボり癖があるし、勤勉じゃない。結婚も、子づくりもスルーして、やっと考えるということに没頭できてる有様です。お題があって考えるということが楽しいというか、快感なんだと思う。例えば、1冊本を書けって言われたら到底できない。でも、広告でやってるのは日々メモを書き続けるという感覚に近い。自分で腑に落ちれば一段落できる。そこが合っているんでしょうね。
 
----とはいえ、やっぱりプレゼンまでの1週間ずっと考え続けるのは大変なことです。
 
太田 そうそう、歳をとってよかったのは、そっちに没頭できるようになったこと。これが20や30代だったら違うことに興味持ってただろうけど、今は余計なことはしなくなった。上の人から昔、この仕事は早く辞めないほうがいいって言われてたけど、そこにやっと気づけた。60歳くらいから楽しくなってくるって。あ~、これだったんだって。これが残ったわ!って感覚なの。
 
----僕はあと2年。なんとなく兆しはあります。
 
太田 そうでしょ。俯瞰してみられるし。必要とされるのはここかなとか焦点あてて没頭できる。

HONDA/CIVIC CMのナレーション

----希望が湧いてきました。笑 最後にお聞きしたいのが、このHONDAのナレーションについて。文字に書き起こしてみたんです。そしたら、これってまさに今のことじゃんって思った。このコピーを書いた当時は確かに分断が激しかった。トランプがメキシコの国境に壁をつくったり、ネット上でも分断が起こりました。でも大量の犠牲者がでるほどではなかった。それが今年になって、本当に行動に移してしまう国の長が出てきてしまった。このことを太田さんは予見してたとしか思えません、
 
太田 そうよね、悲しいけれど。ちょうど選書にもあった「13歳の地政学」って本。これは古物商のおじいさんが、中学生の兄妹に地球儀を見ながら世界の話をする内容です。例えば、韓国の慰安婦問題。世界の中で戦争で支配した国は支配された国に比べると圧倒的に少ない。法律で済ますんじゃなくて、日本は支配した国としてちゃんと考えなきゃいけないねと。また、おじいさんは2人に宿題を出します。「世界の中心はどこだと思う?」と。兄の答えは「世界に中心なんてない」。一方、妹の答えは「世界の中心は自分の中にある」。それを聞いたおじいさんは2人ともに丸をあげるの。私の母は戦争を体験しています。97歳になって反応はとっても鈍くなっているけれど、ウクライナのことは毎日反応しているの。大谷翔平のホームランと戦争への関心はなくならない。笑
 
----太田さんが40代で見つけた自分を連れ出すということを、20年経ってそれを広告のメッセージにした。それは太田さんの中ですごく大事な価値観や指針になっているのかもしれないですね。今日は長い時間ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?