統合報告フレームワークについて(2)

前回の統合報告フレームワークについて(1)に続き、統合報告書作成上のガイドライン「国際統合報告フレームワーク」を取り上げます。今回は、フレームワーク自体の構成に沿って、その概要を紹介します。

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<国際統合報告フレームワークの構成>
 国際統合報告フレームワークは二つのパートで構成されています。パート 1 は「イントロダクション」であり、統合報告書や国際統合報告フレームワークの役割と目的、および統合報告書を作成する上での基礎概念などが示されています。
 
 続くパート 2「統合報告書」は、統合報告書をどのように作成すればよいかを示し、作成に当たってのポイントや統合報告書に含まれるべき内容要素について説明しています。統合報告書の作成・表示の基礎を示す指導原則と、統合報告書に含まれるべき内容要素から構成されています。指導原則で示された考え方を踏まえ、内容要素を統合報告書に記載することが求められています。

 国際統合報告フレームワークはあくまで原則主義に基づき事業活動とESG取り組みの関連性を明らかにすることを目的としたフレームワークです。パート 2 では開示の原則と内容要素を示しているだけで、具体的な記述内容は企業自らが判断する必要があります。一方、2021年にIIRCと合併したSASBは、細則主義に基づくSASBスタンダードを公開しており、ここでは、業種ごとに特定の主要業績指標(KPI)やその測定方法、個々の課題の開示が規定されています。あくまで筆者の個人的意見ですが、IIRCは原則主義に基づくフレームワークで、細則は示してはないため、企業は細則主義によるGRIスタンダードやSASBスタンダードなど他のサステナビリティ報告スタンダードやサステナビリティ関連財務報告スタンダードの開示事項を併用することが必要になると思われます。

<基礎概念>
 パート1の基礎概念では企業価値創造のプロセスに係る「価値」と「資本」の定義を行っています。統合報告書では、価値創造のために企業がどのように外部環境と資本の関係をとらえているか示すことが重要です。そこで、まず「価値」と「資本」について説明があります。

 「価値」には二つの側面があります。一つは企業自身に対して創造する価値であり、投資家等への財務リターンにつながります。もう一つは、他者にとっての価値であり、あらゆるステークホルダーや社会全体に対する価値のことを指します。この二つの価値はそれぞれ独立したものではなく、他者にとっての価値(例えば顧客満足度やサプライヤーとの取引関係、地域社会への貢献など)が企業自身に対する価値につながることが想定されます。そのため、投資家等は財務リターンに直接つながる企業自身に対する価値だけでなく、他者にとっての価値にも関心を持ちます。そこで、統合報告書においては、この両方の価値を創造するために企業がどのように事業等を行ったのかを報告することが重要です。この部分の記述はGRIスタンダードや欧州サステナビリティ報告スタンダード(案)が立脚するダブルマテリアリティの考え方に近いように思えます。ダブルマテリアリティとシングルマテリアリティについては2022年4月の投稿「シングルとダブルのマテリアリティ」をご参照ください。

 さらに、これらの「価値」を創造する上で、必要となるリソースが「資本」です。国際統合報告フレームワークでは資本を六つに分類しています。具体的には、①財務資本(資金など)、②製造資本(建物、設備、インフラなど)、③知的資本(特許、組織内プロセスなど)、④人的資本(従業員など)、⑤社会・関係資本(ステークホルダーとの関係性など)、⑥自然資本(水、森林など)です。これらの資本は企業の活動等で増減し、相互に関係します。例えば企業が従業員研修を行えば、人的資本の価値は増加しますが、研修に係るコストによって財務資本は減少します。

 統合報告書の作成の上では、これらの六つの資本を通じて、価値が創造されるプロセスを示すことが必要です。外部環境(経済状況、環境課題など)の中で、企業はビジネスモデルを通じて資本をインプットとして利用し、事業活動を通じてアウトプット(製品、サービス、副産物及び廃棄物)を創出します。このアウトプットがアウトカムを生み出し、資本に影響を与えることになります。なお、2021年の改訂版では、事業活動がアウトプットの創出を経由する経路に加え、短期間に直接にアウトカムを発現させる経路も付記されました。

 なお、この価値創造プロセスにおけるアウトプット、アウトカムという概念がわかりにくかったようで、2021年の改訂版では自動車メーカーを事例に何がアウトプット、何がアウトカムになるかの説明があります。この事例では、アウトプットは製造された自動車になります。アウトカムはポジティブ(プラス)なものとネガティブ(マイナス)なものの二つに分かれます。ポジティブなアウトカムとしては、資本の増加(会社とサプライチェーンのパートナーの利益、株主配当、地方税への貢献など)、社会関係資本の強化(顧客の満足と品質と革新への取り組みに支えられたブランドと評判の向上など)が挙げられます。ネガティブなアウトカムとしては、自然資本への悪影響(製品に関連する化石燃料の枯渇や大気汚染など)、社会関係資本の減少(製品に関連する健康や環境に関する懸念が社会的事業許可に与える影響など)が挙げられます。

<指導原則>
 パート2では、前半で統合報告書の作成・表示の基礎を示す「指導原則」が示されます。これは以下の七つで構成されます。
 (A)戦略的焦点と将来志向
 (B)情報の結合性
 (C)ステークホルダーとの関係性
 (D)重要性
 (E)簡潔性
 (F)信頼性と完全性
 (G)首尾一貫性と比較可能性。
 
 ここでポイントなるのは、まず(A)の戦略的焦点と将来志向です。統合報告書では、組織の戦略が、どのように自らの将来の(短、中、長期の)価値創造能力に影響を与えるかが示されなければなりません。次の(B)情報の結合性では、組織の価値創造能力に影響を与える要因間の相互関連性や相互関係を示すことが求められます。例えば、財務情報と非財務情報の相互関連性です。それぞれを併記するのではなく、お互いがどう関連しているのかを説明しなければなりません。

 そのためには、(C)ステークホルダーとの関係性が重要となります。価値創造は組織単独で行われるものではなく、他者との関係性を通じて実現するものです。顧客、サプライヤー、地域社会といったステークホルダーとの関係性が重要であることが示されます。

 (D)重要性では、いわゆるマテリアリティ特定のプロセスについて解説があります。統合報告書で開示されるのは、組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に限定されます。こうした事象の重要度を、価値創造に与える影響(潜在的なものも含む)という観点から評価して、優先付けすることが求められます。

<内容要素>
 パート2の後半は、内容要素の解説になります。ここで内容要素とは、統合報告書に記載されるべき項目のことであり、次の8項目に分かれます。
 (A)組織概要と外部環境
 (B)ガバナンス
 (C)ビジネスモデル
 (D)リスクと機会
 (E)戦略と資源配分
 (F)実績
 (G)見通し
 (H)作成と表示の基礎。

 パート1の基礎概念の解説の中で、六つの資本を通じて、価値が創造されるプロセスが示されていました。すなわち、外部環境の中で、企業はビジネスモデルを通じて資本をインプットとして利用し、事業活動を通じてアウトプットを創出する。このアウトプットはアウトカムの発現に繋がり、資本に影響を与えるといったプロセスでした。それぞれのプロセスにおける概念の解説がこの部分で示されます。
 
 例えば、(C)組織のビジネスモデルにおいて、このモデルとは、「組織の戦略目的を達成し、短、中、長期に価値を創造することを目的とした事業活動を通じて、インプットをアウトプット及びアウトカムに変換するシステム」と説明されます。その上で、インプット、事業活動、アウトプット、アウトカムのそれぞれについて解説が示されています。

<国際統合報告フレームワークの改訂>
 2020 年に IIRC は国際統合報告フレームワークの改訂に向けたプロジェクトを開始し、2021年1月に同フレームワークの改訂版が公開されました。改訂プロジェクトでの協議において、フレームワークそのものの大きな改訂は不要と判断されたため、パート1の基礎概念、パート2の指導原則、内容要素の構成に関する変更はありません。

 改訂案では主に、ガバナンス責任者の統合報告書における責任表明の簡略化と、作成・表示プロセスの開示の推奨、アウトプットとアウトカムの違いの明確化、正と負のアウトカムの開示のバランスと いった項目について修正・追記が行われました。さらに、長期的な検討事項として、統合報告書の主な利用者の範囲拡大、統合報告書の保証について提案されたようです。

 IIRCとSASBが合併したVRF(価値報告財団)は、国際会計基準の策定を担うIFRS財団により2021年11月に新設されたISSB(International Sustainability Standard Board国際サステナビリティ基準審議会)に統合される予定です。完全な統合は2022年7月末に完了予定です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・全2回に渡り、「統合報告フレームワークについて」をお届けしました。

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