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ポスト・ポストカリプスの配達員〈99〉

 俺たちは敗北した。
 奴の、     の操るアルティメット・カブ、デウス=エクス=テシ(郵便仕掛けの神)に、俺たちは指一本触れる事さえ能わなかった。
 次元攪拌攻撃も、因果律崩壊斬撃も、ビッグクランチも、無限回に及ぶ無限ニュートン拳撃も、形而上誘導弾も、全てがまるで効果を見せなかった。

「また、ダメなのか」

 コックピットに直接乗り込んできた     は俺の目の前でナツキの首の骨を折って殺すと、若干の悔しさを滲ませる声でそう言った。
 表情は、分からない。何故なら     は本質的に非存在であり、本来ならこの宇宙のあらゆる粒子と相互作用する筈がないのだから。
 俺は吐いていた。ゲロでそこら中を汚していた。発狂しなかったのは俺の認識能力が阿頼耶識を超えた神に近い視座を手に入れているからだ。タグチの命と引き換えに手にしたこの力はしかし、この局面に於いて俺の苦痛を長引かせるだけだった。
 ぐしゃ。
 放り捨てたナツキの死体を、     が踏みつけた。
 こいつは、マナカ・タダナオと以前認識していたこれは、神の視点から観ても何も分からなかった。本来は絶対にそこにいない筈なのだ。修正ニュートン力学が支配するこの宇宙で、全ての粒子の状態を観測し追跡できる能力を持ってしても、そこには空白しかない。
 非存在故に存在を確認できる。居ないということを証明された悪魔。
 全ては決着したはずだった。マエシマ・ヒソカとの死闘を制し、ローラ・ヒルを不罪通知〈アブセンシアン〉の制御下から解き放ち、アブセンシアンの本体も鏡体牢獄へと再封印した。
 タグチや、その他数多の人命の上に俺たちが築き上げた、幸せな結末がそこには待っているはずだった。
 この非存在は、直前まで俺たちの記憶の中からすら消えていた。全員が存在を忘れて、これまでの俺たちの旅路の記憶すら歪んでいた。
 だがこいつはここに居る。非存在として。マイナスでもプラスでもない、完全なゼロとして。
 月。郵星〈POSTAR〉とも呼ばれるアブセンシアン達の巣窟。最終決戦の場である南極エイトケン盆地中央。
 アルティメット・カブ、ツァラトゥストラはなんの前触れもなく現れ、そして紙のように破れ散った。
 その中から現れたのは異形のアルティメットカブ──デウス=エクス=テシ。それは樹に似ていた。いや、実際樹だった。それは人にも似ていた。いや、実際人だった。機械に、大地に、海に、太陽に、闇に、炎に、竜に、天使に、神に──似ていた。
 しかしそれを一言で表すならこうだろう。
 それは何よりも、郵便ポストに似ていた。
 戦いは生起しなかった。ヤタガラスと合一を果たし、アルティメット・カブを超越進化し、テウル・ギアへと変貌したヘルメス・トリスメギストスの全武装は、上位宇宙〈スースム・ムンディ〉まで灼き尽くす終滅兵器だった。アブセンシアンと互角の戦いを繰り広げた、まさに全次元で最強の機体だった。
 効果がなかった。
 俺たちは敗北し、トライは沈黙し、ナツキは殺された。
「でも、近づいて来ては居るんだよ」
 無茫の悪魔はそう言った。何処か懐かしい、一度も聞いたことのない声で。
「君という変数を加えた事で、この物語はここまで長くなった。加速力はかなりついてたと思う。だけどまだ足りなかったんだよなあ」
 世界で最も神に近い存在にまで辿り着いた俺に、     は出来の悪い生徒を責めるような調子で言う。
「長くなりすぎたのがいけなかったのかな? 終点がアブセンシアンの打倒でなく封印になってしまったのは残念だよ。まさか俺の存在を忘却する方向に宇宙が修正をかけるとも思っていなかった。つくづく俺は世界に嫌われているらしい。俺も世界が嫌いだけどね」
 軽く嗤う。嗤ったんだと、思う。
「そんなに嫌いなら出て行ってやるってのに……それだけは許さないときた。いい加減この駄作を完結させるべきだと思わないかいヤマトくん?」
 俺はまた吐く。こいつに意識を向けられるだけでその非〈ヌル〉がこちらを侵蝕してくる。居てはならないモノ。非存在すら許されない存在。
「だから、またやり直しだよ。何処まで巻き戻せばいいか、少し悩むな……何しろ長くなったからね」
 非存在は考え込む。いや考えてすらいない。存在しないものは思考できない。コレの動作は虚空を覗き込んだ俺の精神の反響の筈だ。その反響に何かが干渉し、意識めいたものを発生させているのだ。
「──消えろ。お前が俺の写身なら。ここから消え去れ!!」
「……え? すまないなんだって? まあ正直君には悪いことをしたと思っているよ。君が主人公足り得る背景を持っていたので利用したのだから。
 でもさ。
 主人公なら、全てを救ってみせろよ」
 俺はシグサガワーをクイックドロー、     へ向けて全弾発射する。無駄だ。弾丸は虚空へと消え、後には熱も残らない。
「あそこがいいかなあ。割とターニングポイントだった気がするね。ヤマト朝廷でのマエシマ・ヒソカとの戦い。地中から割って飛び出したトリスメギストス! その後確か……そうそうやっぱりあそこがいい。今度は長くなりすぎないように。その分速度をつけて欲しいかな」
      は俺の肩を、存在しない手でぽんぽんと叩いた。もちろん、なんの感触もない。悪い夢のような出来事だ。
「安心してくれ、別に痛みもないし劇的な事も起こらない。ただこの世界紙〈せかいし〉が消えて無くなって、新たに書き下ろされるだけさ」
 もはや     は俺を見ていない。何処も見ていない。貴方を見ている。
「そういうわけで、近いうちにまた会えると思う。時間が掛かったなら、また俺が失敗したんだなあと思ってくれて構わないよ」
 そして、全てが消えた。
「俺から見たらリブートだけど、君たちから見たら直接の続きだ。だが展開はより俺好みにさせて貰うがね」
 空白の頁に現れる空白の台詞。
「俺が直接介入することもあるかもしれない。また会ったらよろしくね」

 消去中……………DELIVERER IN POST-POSTCALYPSE38〜99

 消去完了

 リブート中………

 リブート完了。

「あらら。マナカの存在が消えちゃったね? じゃあここで喋っている俺は誰なんだろうね?
 大丈夫大丈夫、先の展開は考えてあるから。
 君たちは楽しめて、俺にも都合が良い。最高だろ?」

 からかう調子で、声は貴方に話しかけている。

「まあでも今までやってきたことを放り投げるのは良くないって意見も分かるさ。だから君たちに直接聞いてみようと思う。君たちはどちらが見たいのかな?」

→ 改変された世界へ

→ 改変のない世界へ

「どちらに飛び込むのも君たちの自由さ」

 声はそう言い残すと空白を残して消えた。












 


 








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