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竜と私と500の死体

 私を買ったのは〈竜〉の屍操術師だった。
 竜というのは奥義を極めた魔術師に対する尊称である事は知っている。
 だが彼は『本物』だった。
 裏競売会に拘らず顔を堂々と晒していたのは、多分誰も彼を警める事能わぬ故なのだろう。それが一目で分かった。
 彼の首から上は、本物の竜の顔だった。

 私の仕事は雑事でも夜伽の相手でもなく、主人の話を聞く事だった。
 それは死体の物語だ。
 居城の地下にある墳墓には500もの死体が魔術による防腐を施されて眠っており、竜は彼等を毎夜一体ずつ屍操術で起こしては来歴を語るのだった。
 年齢も謂れも様々な死体達の、宝石の様な物語。
 私はそれを夢中になって聞いた。魅了された。
 だから501個目の真新しい棺が並べられていても、私は恐怖を抱かなかった。買われた時から当然そうなると思っていたし、私も物語になるのだと思うと寧ろ胸は高まった。

 その夜も、私は墳墓へ向かうべく回廊を急いでいた。竜は待つのを嫌う。
 だからだろうか、柱の陰から閃いた刃が私の喉に突き付けられても戦慄きよりも苛立ちが勝ったのは。
「そのままで聞け、女」
 狼藉主の声を聞いて私は驚いた。それは三月程前に、初めて聴いた死体の声だったから。
「竜を殺す方法を貴様に授ける。501番目の棺には、奴が臥する」
 〈勇者の死体〉はそう言った。

「遅かったな」
 竜が言った。私は恐懼し謝罪する。
「まあ良い。始める」
 竜が呪文を唱えると、傍の棺が内側から開かれ死体が身を起こす。そして物語が始まる。竜と、死体自らが語る御伽噺が。
「──この〈防人〉が国境で斃れたその理由は……」

 だが私の頭の中では勇者の言葉がずっと谺していた。
『物語を殺せ。我等の物語を殺せ。物語の死体で奴を殺せ』
『竜は存在の維持の為に死体の物語を使う。それを書き換えろ。それがお前には出来るのだ、〈小説家の死体〉よ』

「──理由は隣国の斥候の放った、とある『呪い』だったのです」

 私の言葉に、竜は目を見開いた。

【続く】

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