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月竜を喰む

 アポロ計画は地球に月の石を、月には竜を齎した。

 かつては賑わった月面牧場も、宇宙開発事業縮小の波には抗えず最早人間の従業員は私一人。
 ここ「静かの海牧場」で飼育されている動物はただ一種。
 竜である。

 緑竜が月の砂を食んでいる。砂に吸着したヘリウム3と月の魔力を取り込んでいるのだ。
 私は竜飼いの杖アグリコラを用いて放牧に出されている竜を厩舎へと誘導する。微弱な電波と魔力に釣られ、竜達は故郷と比べ1/6の重力を上手く使って寝床へと帰ってゆく。

 竜とは国の威信そのものだ。WW2が終わり、冷戦が始まった。莫大な数の竜を抱える米ソ両国は、更なる竜を求め動き出す。
 空の彼方、月を目指して。
 ヘリウム3と魔力の塊である月は竜の繁殖に地上より適していると推測され、斯くして宇宙開発競争が始まった。
 結果は知っての通り。アポロ11号で月に降り立った二人と一頭──アームストロング、オルドリン、青竜のフランクリン──は英雄となりTIME誌の表紙を飾った。

 月は間もなく夜になる。月の夜は寒すぎて外では何も出来ない。竜の世話は必要だから、休める訳ではない。
 私は基地のAIに物資の備蓄量を尋ねる。
『食料が後1日分しかありません』
「前回の補給が太陽嵐の影響で中止になったからね。でも明日補給船が──」
『それがヒューストンとの連絡が途絶えたのです』
「え?」
『魔力的な事象と思われます』
「それって、」
 その時。基地全体を震わせる物凄い音がした。
 AIの警告を無視して、私は外に飛び出した。
 荒涼とした月面はいつもと変わらない様に見えた。
 予感。   
 黒い空を見上げる。常に天にある母なる星、地球。
 目が合った。
 膝から力が抜けていく。途轍もない事が起こったのだと一目で理解した。
 巨大な竜が、地球を翼で覆っていた。月を見上げ、空間を震わせる雄叫びを上げた。
 へたり込んだ私の頭の中を占めていてのは「明日の御飯どうしよう」という下らなくも深刻な悩みだった。

【続く】

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