割れない心
「へたくそ」
ポケットの中に手を突っ込んだ山代が、意地の悪い笑みを浮かべながら私の方に歩いてくる。
手に持った斧をスっと奴に向ければ、「あぶねっ」と情けなく後退をした。わたしはちょっとだけ浮き立った気分を抑えようと、自分の下唇を噛み締める。
土の香りが充満していた。服が汚れることはこの際気にはしないけど、空きっ腹に流れ込んでくる自然の香りは辛かった。とはいえ、こいつが迎えに来たということは食事の支度が整ったんだろう。
山代は私がバカみたいに時間をかけて割った薪たちを幾つか手に取った。なんだか手柄を取られたムカつくけど、これから風呂釜用の薪も割らなきゃいけない。先はまだまだ長いのだ。
ゼミメンバーとのキャンプにて私が真っ先に選んだのは薪割りだった。せっかくなので自然の中で一人でいたかったのだが、予想以上に体力がいる役目だったので既に後悔をしている。風呂は一番風呂を貰いたいものだ。
さて。
わたしは次の丸太を台の上に乗せた。一発では流石に割り切れないけれど、中央にスパンと当たると気持ちがいいのだ。
思い切って頭の上に掲げた斧を更に後ろへ持っていこうとしたのだけど。
「あ、あぶねあぶねあぶね」
山城がわたしの手首を掴んだので、慌てて動きを止めた。斧の重さはわたしの腕ごと山代が抱えている。
「危ないのはそっちじゃない!」
「お前薪割りしたことないのかよ!」
「…………ないけど」
途端に大きなため息を吐いた奴は、「貸して」とわたしの斧を奪う。対して力を入れていないのも、また腹が立つ。
「だいたい男の役目だろこういうのは。張り合うなよ」
「折角ならやったことないもの選びたいじゃん」
吹き付ける風がだんだん冷たくなってきた。汗やら泥やらで湿ってしまった軍手を外して、吐息で両手を温める。
「お前って、そういうところあるからな……」
そういうのってどういうのよ、と噛みつきたい気持ちはなんとか仕舞っておいて。
「まず、頭より高く斧を掲げるのは禁止な。反動で自分に当たることもあるから」
「正直さっき足に当たりかけた」
「長靴履いててよかったな!もう絶対やるなよ!」
斧を持ったまま左手で腰に手を当てた山代は、俯いてなにかを考えているようだった。
「それから腕も曲げない。曲がったままの状態で丸太に当たると衝撃が肘にモロ入るから。痛くなる」
「……詳しいんだね」
危ないポイントを解説しつつ的確に薪を割っていく様子から、山代の習熟度は一目瞭然だった。とすん、と薪の割れる音が続いていく。
「少なくともお前よりはな」
「わたしなんかじゃ比べ物にもならないでしょ。筋肉の付き方なんかも全然違うし」
「男と女なんだから」
わたしは、風に煽られて流れていく自分の長い髪を撫でた。からかうつもりでこっちに足を運んだわけではないのだろう。とすん、とすんとひたすらに音は鳴り響いていく。
「意外だったなぁ、山代が薪割りとかするの」
「なんでだよ」
「女子の前ではいい顔しようとするしさぁ、頭をだって金色だしさぁ」
風がまた強くなって、山代の短い髪までも攫っていこうとする。視界を自分の髪の毛で覆われたわたしは、少しの間ぎゅっと目を瞑っていた。
「チャラいっていうより誠実系だね」
笑ってやる気満々で構えていたはずなのに。
景色が凪いだ。黒い髪の毛の隙間から覗く山代の顔が、耳が、紅く染まっていて。
「屁理屈吐くのか褒めるのかどっちかにしろよ!!!」
「はぁ?」
夕焼け空に紛れて、わたしにまで伝染ってしまうところだった。
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