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ケーショガール 第3話 ③/3

新人教育のススメ ③


よし、じゃあこれを読めばいいのね。

実は私は携帯業界に入る前からこの総合カタログが好きで毎月見ている。
新しい携帯の機種が載っているのを見ると何故かワクワクするからだ。

そんな私にとって今指示された業務はこれが仕事で良いのかと思う程簡単な事だ。
そう思いながら眺めていたが、しばらくすると

「お、二人ともちゃんと読んでますね。どうですか?分からない事ありましたか?」

受付の合間にバックヤードに入って来た松下花まつしたはなが話しかけてきた
花は礼儀正しい性格のようで誰に対しても敬語で話している。

「いえ、今のところ大丈夫です」

そう答えると花は試してやろうと言わんば回の顔で続ける

「そうですか。じゃあ古寺さん、このプランに家族4人で加入した場合の料金はいくらですか?」

「じゃあも何もここに書いてある通りじゃ…」

「はい。残念。不正解です」

少し得意げにやっぱりねと書かれた表情で花はそういうと私の総合カタログを指さした。

「ここ」

「えっ?何ですか?」

「ここに小さく※印がありますよね?この※印の文章読んでみて下さい」

私は言われるままに花が指さしている※印を読む事にした

「ファミリー契約を組んでいる場合一人当たり100円(税抜き)引きとなります。松下さんこれって………」

「そうです、この総合カタログは、一般のお客様が読んだ時に見やすく作られています。
だから基本的な事は大きい文字で書いてありますが、少し基本から外れたような内容はこの※印で書かれていて、しかもよく見ないと読めないような小さい文字で書いてあります」

「本当だ…」

「本当だ…じゃないですよ?私たち携帯ショップ店員はこの小さい文字を理解しなくちゃ仕事になりませんから。
ただカタログ眺めてるだけなら素人でも出来ますよ?
今こうしてカタログ読んでいるだけでも2人にもお給料が発生していますよね。だったらこの時間はプロとしての目線でカタログを見る癖をつける時間です」

私よりも若いはずの花がそれを感じさせない説得力で教えてくれた。

「なるほど吉田さんはそういう意味で読んでおけと言ったんですね」

「んー吉ピーは午前中忙しいだけでそこまで考えてないと思いますけどね」

そう言いながら下をペロっと出した花に少しびっくりした。
急にあどけない少女のような表情をしたからだ。

なるほど。普段の真面目な表情と時折見せる可愛らしい表情のギャップ。
花の変幻自在の愛嬌はお客様を「落とす」スキルなんだろう。
そう思ったのは私の横で頬を赤らめている鈴木を見たからだった。

午後になり手が空いたらしく吉田が再びバックヤードに入ってきた。

「ごめんねお待たせ。じゃあこれからの教育について説明しますね」
「宜しくお願いします」

返事はまた私の声だけだ。だから鈴木。お前もいい加減挨拶をしろ。

「まず、古寺さんと鈴木さんの2人には3か月で独り立ちしてもらいます」

「独り立ち…」

「うちの店での独り立ちの基準は1人で機種変更や新規受付などの端末販売が出来るようになる事です。
これを3か月以内に出来るようになってもらいます」

吉田が言う3か月が長いのか短いのかわからず反応に困っているとそれを察した吉田は説明を続けた。

「そうねぇ、例えるなら車の免許が近いわね。
免許もテストまで交通ルールの勉強たくさんするでしょ?
覚えなきゃいけない事の量だけで言えば車の免許と同じくらいあるし、勉強だけじゃなくて接客が上手くできるようにならなきゃいけないのも運転技術を身につけないといけない車の免許と似ているわね」

なるほど免許と同じくらいの勉強量かぁ。私が納得していると横の鈴木が口を開いた。

「3か月で出来ない場合はどうなるんですか?」

待て待て、これから頑張ろうとしてる時にそんな後ろ向きな質問はないだろう。
私のふつふつと再燃する鈴木へのいら立ちをよそに吉田は淡々と答える。

「3か月で出来なかったら?それは契約更新されないだけじゃないかな?普通に考えて」

脅しか本気かは分からないが3か月で出来るようになるかクビか2つに1つらしい。教育チームのスタッフたちは皆サラッと怖い事を言う。

「でも安心して、そうならないように私たちがいるんだから」

この人に人望があるとすれば怖い事だけじゃなく必ずセットで安心させる事も言うからだろう。

「次に大まかな覚えるものの順番ですが、まずは【料金収納】
料金の支払いって言った方がわかりやすいかな。
毎月の支払いを店頭の窓口で行う事ね。これはどんなに遅くても1週間で出来るようになるわ。
その次が【商品販売】充電器とかバッテリーとか携帯の端末以外の商品を販売する事ね。
その後がプラン診断や住所変更とかの契約内容を変える【簡易受付業務】
どう簡単そうでしょ?」

「いや、簡単そうではないかと…」

無意識に私は声には出さずに心の中で反論の相槌を打つ。

「でもここまで出来るようになるまで2か月はかかるわ。
そして最後に【端末販売】が絡む業務ね。
ちなみに、この教える順番は店によって違う事も珍しくないみたいだからもし他の携帯ショップに同期の知り合いがいても仕事を覚える進み具合は競わない事ね。競っても全く意味ないから。
それと、これは特にうちの店でしかしてない事みたいなんだけど仕事を早く覚えるある方法があるの」

「ある方法?」

不本意ながら鈴木とハモってしまった。

「二人とも良い反応ね。ちょっと待ってね」

吉田はニコニコしながらそう言うと足元のショップバックからガサゴソと手帳の様なものを引っ張り出し机に置いた。

「何ですかこれ?」

続く

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