ケーショガール 第4話 ①/3
カンペのススメ
吉田は手に持った手帳を指さしながら言った
「ある方法って言うのはこれ。カンペよ」
「カンペ?」
「そうカンニングペーパー。略してカンペ」
言葉自体は知っていたが私が思い浮かべていたそれとは大きさや頁の量が違う。
カンペと言うと試験などで試験官に見つからずにコッソリと見なければいけないものなので手のひらに収まる紙切れ一枚をイメージしていた。
が、目の前にカンペだと出された物はB5程の大きさがあり、バリバリと働くビジネスマンが持つような手帳を彷彿とさせるであった。
「このカンペには何種類もある受付の流れや注意事項、ヒアリングしなければいけない事が書いてあるの。これを見ながら受付する事でミスを無くせるって寸法ね」
「凄いですねこんな便利なものがあるんですか、確かにこれがあれば早く受付できるかもしれませんね」
そう言いながら吉田の差し出したカンペを手に取りパラパラと中身に目を通す。その瞬間出来れば気が付きたくないある事に気が付いた。
「吉田さんこれって、まさか手書きですか?」
「ん?当り前じゃない。だってこのカンペ私が作ったやつだもん」
人は自分が予想していたものとは違う回答が耳に飛び込んでくると音としては聞こえていても脳が意味を理解出来ない事がよくある。
その時の私もまさにその状況で理解出来ないまま話そうとするものだからとても頭の悪い聞き方で返してしまった。
「私が作った?え?何十ページもありますよ?マニュアルみたいなこのカンペを自分で作ったんですか?」
「そうよ。全部自分で手書き。良い?新宿店の新人は他店に比べて早く独り立ちさせる事が出来るってうちの社内では有名なんだけれど、それを可能にしているのがこの手作りカンペってわけ。勉強しながら作ってもらう事で覚えが早く、受付中もミスが減らせるという一石二鳥の完璧な勉強方法よ」
言葉を無くす私と鈴木に吉田は最後の追い打ちをかける。
「ちなみに就業中にカンペ作る時間なんてないから頑張ってね」
笑顔で言うには残酷すぎるその言葉はその後に食べたお昼ごはんの味を奪い去っていた。
家に帰ると晩ごはんもそぞろに早速今日教わった料金収納の基本をカンペにまとめる作業を行う。
カンペを書きながら今日の事を思い浮かべる。
思っていたよりも明るくフレンドリーな高橋をはじめとしたスタッフ達。
携帯ショップで働くには学生時代と同じくらい勉強が必要な現実。
まだ接客はしていないけれど教育チームの面々のようにテキパキと受付する自分の姿を夢想するとワクワクしていた。
次の日も出勤すると酒々井店長と高井副店長が迎えてくれた。
「おはようございます」
「おお今日は元気やなぁ。もうだいぶ慣れたんと違うか?」
「店長、出勤2日目で慣れるわけないでしょう」
高井の絶妙なタイミングの突っ込みが入ると酒々井の満足そうな笑い声が事務所に響いた。
「せやなせやな。今日もがんばりや。わははは」
私が出勤のタイムカードをパソコンに打っていると後ろから声がかかる。
「おはよう。君が昨日から入った古寺さん?」
「はい。古寺真希美です。よろしくお願いします。」
「僕は星野。よろしくね‼分からない事があったら何でも聞いてね」
眩しいっ。
思わずそう思ってしまう程の明るい表情にハキハキとした声、清潔感のある短髪に全てのパーツが大きく整った顔立ち。
好青年と辞書で引いたら星野と書かれていてもおかしくない。そんな男もここ新宿店のスタッフの一人だった。
「おお古寺。星野と顔合わせるのは初めてか。星野は新宿店に彗星のごとく現れた逸材や!販売実績、満足度アンケート何をとっても完ぺきにこなす、うちのエースや。入社半年でチーフになったのは社内でも珍しいんやで。
古寺も見習いや!」
そう酒井が自分の自慢をするように星野の事をべた褒めすると
「店長、朝から本当の事を言われると恥ずかしいですよ。肩揉みましょうか?」
星野は軽口の中にも自信を覗かせたが全く嫌みが無い。
それどころか周りに明るい活気が生まれている。
名前こそ星だが本人は太陽のような男だった。
店長と星野のやり取りをポーっと眺めている私にまた一人声を掛けてきた。
「あれぇ?惚れちゃった?んー順当に考えると星野だけど、酒々井店長もなくはないか、年の差なんて愛があれば関係ない時代だしね」
「ち、違いますそんなのじゃありま…」
慌てて否定しながら声の方へ顔を向けるとそこには星野とは正反対の男が立っていた。
正反対とは言ってもみすぼらしさや不潔な感じではない。
バーテンダーのようなベストに細身のシャツの首元からチラチラと覗くシルバーのネックレス。
機能性よりもデザインを重視したような丸みを帯びたメガネ。
サイドを刈り上げパーマを当てた髪形。
そのすべてがキャリアの身だしなみ規定からあえて外れているのではないかと思える。
携帯ショップで働くよりもそのままの姿でホストクラブにいる方が似合う。
そんな男だった。
「おはよ。今日からよろしくね」
言葉の軽さだけでなく挨拶と同時にウィンクをして来た事でこの男のキャラクターが理解できた。
「古寺です。よろしくお願いします…」
「古寺ちゃんかぁ。じゃあデラコちゃんだねっ!」
2日連続で今までつけられたことの無い同じあだ名を呼ばれてしまった。
もしかするとこれから先の人生はデラコと呼ばれ続けるのかもしれない。
そんなどうでも良い事に腹をくくろうとしているとその男を見た酒々井店長がすかさず声を掛ける。
「ぶっちー。今日も派手に決まってるなぁー」
「ありがとうございまぁすっ」
「褒めてへん褒めてへん、嫌味や。イツモの人間が来る時はちゃんとした格好するんやで」
「えっ?今日もちゃんとした格好してますけど?」
「ダメやこいつは…」
酒々井が手を焼くこのチャラついた男は馬淵一。
これでも副店長で店長代理も兼任している店舗の№2と言うのだから驚きだ。
まぁ能ある鷹は爪を隠すというからただチャラチャラしているだけで店長代理の役職にはなれないだろう。
馬淵も恐らく仕事をさせれば『出来る側』の人間なのかもしれない。
「僕の超絶オシャレなセンスは酒々井さんには分からないかぁ、デラコはカッコいいと思うでしょ?」
「は、はぁ…」
前言撤回。やっぱりただのチャラついた男かもしれない。
続く
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