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「木の祭り」新美南吉

この文章は、原文をちょっとだけ簡単に直しています。「やさしい日本語」ほど簡約せず、原文をなるべく残したままで、長い文を区切ったり、語順を入れ替えたりして読みやすくしています。


 木に白くて美しい花がいっぱい咲きました。木は自分の姿すがたがとても美しくなったので、うれしくてたまりません。
でも、だれも「美しいなあ」とほめてくれる人がいないので、つまらないと思いました。木はほとんど人が通らない緑の野原の真ん中に、ぽつんと立っていたのです。
 やわらかい風が木の近くを通って流れていきました。その風に木の花のにおいがふんわり乗っていきました。匂いは小さい川をわたって、麦畑をこえて、がけをすべりおりて、流れていきました。そして、とうとう蝶々ちょうちょうがたくさんいるじゃがいも畑まで、流れてきました。「おや」と、じゃがいもの葉の上にとまっていた 一ぴきのちょうが鼻を動かして言いました。
「なんていい匂いでしょう、ああ、うっとりしてしまう。」
「どこかで花が咲いたのですね。」と、別の葉にとまっていた蝶が言いました。
「きっと、原っぱの真ん中のあの木に花が咲いたのですよ。」
 それから次々つぎつぎと、じゃがいも畑にいた蝶々は、風にのってきた気持ちいい匂いに気がつきました。そして「おや」「おや」と言いました。
 蝶々は花の匂いがとても好きでした。
だから、こんなにいい匂いがしてくるのに、それを放っておくことはできません。そこで、蝶々たちはみんなで相談して、木のところへ行くことに決めました。そして、木のためにみんなで祭りをすることになりました。
 羽に模様もようがあるいちばん大きな蝶々が先頭です。それに続いて、白いのや、黄色いのや、枯れた木の葉みたいなのや、小さな小さなしじみみたいなのや、いろいろな蝶々が匂いの流れてくる方へひらひらと飛んでいきました。がけをのぼって、麦畑をこえて、小川をわたって飛んでいきました。
 ところが、この中でいちばん小さかったしじみ蝶は羽があまり強くなかったので、小川のふちで休まなければなりませんでした。しじみ蝶は、小川のふちの水草の葉にとまって休んでいました。すると、となりの葉の裏に見たことのない虫が一匹、うつらうつらしていることに気がつきました。
「あなたはだあれ。」としじみ蝶が聞きました。
ほたるです。」と、その虫は目を覚まして答えました。
「原っぱの真ん中の、木さんのところでお祭りがありますよ。あなたもいらっしゃい。」としじみ蝶がさそいました。ほたるが、
「でも、私は夜の虫だから、みんなが仲間にしてくれないでしょう。」と言いました。しじみ蝶は、
「そんなことはありません。」と言って、とうとう説得して、蛍をお祭りへつれていきました。
 なんて楽しいお祭りでしょう。蝶々たちは木のまわりを大きなぼたん雪のように飛びまわっていました。疲れると白い花にとまり、おいしいみつをお腹いっぱいごちそうになりました。けれど暗くなって夕方になってしまいました。みんなは、「もっと遊んでいたい。でも、もうすぐ真っ暗になるから。」とためいきをつきました。すると蛍は小川のふちへ飛んでいって、自分の仲間をたくさんつれてきました。一つ一つの蛍が一つ一つの花の中にとまりました。それはまるで小さい提灯ちょうちんの明かりが木にいっぱいついたようでした。蝶々たちはとても喜んで、夜おそくまで遊びました。


新美南吉「木の祭り」
青空文庫:https://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card4724.html
ちょっぴりやさしい日本語訳:じんけいこ
朗読音声:https://youtu.be/5NK1PsDsHXE


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