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無知大学生がみる現代美術(Chim↑Pomについて)

はじめに

 はじめまして。今年入学したばかりの関西出身都内大学生、一三です。
自分は文学部生で将来的に日本美術を専攻したいと考えているのですが、知識も経験も皆無で焦りを感じる毎日です汗。
 そこでいろんな美術を見て視点を広げたいと思い、今回あまり挑戦してこなかった現代美術を見ようと、森美術館で開催中のChim↑Pom展:ハッピースプリング」にお邪魔してきました。
 Chim↑Pomさんのことは全く調べず、完全初見で見に行ったのですが、すべて周りきったあと、僕は唖然としてしまいました。
 今回は僕個人の感想、周りの人たちの様子、そしてChim↑Pomさんについて素人なりに考えたことについて、正直にダラダラ書いていこうと思います。無知な人間の視点にも何か面白いところがあるんでないかなーなんて適当な考えでの見切り発車ですが、よければ読んでいってください。
 やはり間違った意見や考えも出てくるかと思いますが、どうかご容赦ください………泣。それと、かなり自分の主観でものを述べるので、悪口にとれてしまうようなところが出てくると思いますが、全くそんな意図はなく、ただの若造のスキキライだと受け流していただければ幸いです。
 前書きの最後として、先に一言で今回の展覧会の感想を一言で述べておこうと思います。
「これがアートでいいのだろうか」

展覧会自体の感想

 はっきり言ってあまり好きにはなれなかったです。Chin↑Pomさんは東日本大震災や原発事故、都市開発など現代の問題についての問いかけを意図した独創的なインスタレーションアートを中心に活躍されているのですが、問い自体に浅さを感じました。
 例えば都市問題。アスファルトとアスファルトの間にゴミが敷き詰められ、その上に観葉植物を置かれています。「あ、私たちが見えている景色の裏側にこういうゴミが隠れているということを伝えたいのかな」というような感じで、正直新聞の社説よりもずっと浅い、新しい視点も提供しない、かなり陳腐だなといった感じ。
 逆に言えばそれは訴えかけるものがあるってことになるんでしょうか…。実際材質やスケールにとらわれない独創性に富んだ作品ばかりだったのですが、言いたいことがよくわからない………といった作品はほとんどありませんでした。表現力があるということなのでしょうか………?
 ほかのどこでも見られない景色を楽しむことができる、というのはこういうようなインスタレーションアートのいいところなのかもしれませんね。森ビルというキレイでオシャレな空間にものすごく不思議な、非日常が広がっているということだけでも一つの価値なのかなあとも思います。
 しかしやはり僕はどうしても腑に落ちません。おそらく芸術を「美」を追求するものであると頭の中で限定してしまっているからでしょう。不勉強な僕にはChim↑Pomさんの作品に美が含まれているのかわからず、もやもやが募るばかりです。自分から見るとただのよくわからない空間でしかないのですが、なにせ森ビルで大規模な展覧会を開けるほどのアーティスト集団です。何か自分は間違っているんじゃないかなんて思ってしまうんです泣。
 とりあえず、自分としては、取り組み自体のユニークさは素晴らしかったあまり美を感じられず本当にこれがアートとして認められていいのだろうかと思った伝えたいことはわかりやすいがメッセージ自体が陳腐で浅さを感じた、って感じですね。あまり好みにはなれませんでした。

周りの観客の様子

 自分は早々に趣味に合わないということが分かったので、逆に周りの人たちはどんな風にこの作品群、空間を楽しんでいるんだろうかと観察してみました。先に結論を述べておくと、「Chim↑Pomさんの問いかけは失敗しているのではないだろうか」といった感じです。観客の方の様子となぜ問いかけが失敗していると考えたのか、について述べていこうと思います。
 この章(?)ではほかの部分より更に失礼度が増す自覚があります。本当に馬鹿にしたりであるとかそういう意図は一切ないので、どうかご勘弁ください………。
 まず僕は観客の層に驚きました。普通の美術展なら大抵は大人が大半だと考えていたのですが、今回はむしろ僕のような若者だらけで、大人の方はほとんど見受けられませんでした………。やはりChim↑Pomさんのポップでネイビーな雰囲気が大人の方を拒絶してしまっているのでしょうか?
 そして観客の雰囲気ですが、美術好き、というような雰囲気の方はあまりいなかったような気がします(めちゃくちゃな偏見ですが)。どちらかというと渋谷や新宿で遊んでいるイマドキって感じの人(これもめちゃくちゃな偏見です)だらけで、いつもの美術館とは異質であるなあ、と感じました。これはやはりさっきの逆で、ポップでネイビーな感じが逆にイマドキな感じの人にどんぴしゃりと刺さっているのではないでしょうか。美術にもあまり触れてこなかったタイプの人にも触れる機会ができるのですごくいいことだと思います。
 さあ、ではそのような方々がどのように鑑賞しているのでしょうか。先にはっきり言っておくと「アートではなく風景として味わっている」というような印象をうけました。実際の様子を書いていきます。
 まず展覧会の入り口にChim↑Pomさんの取り組みについての説明と狙いについて書かれていました。それを読まないとChim↑Pomさんがなにを言わんとしているかがわからないのですが、そこに目を向けている人はほとんどおらず、インスタを見たり一緒に来た人と全く関係のないおしゃべりをしたりして列に並んでいるだけで、Chim↑Pomさんの何を見にきたんだろうというような感じです。もちろんあらかじめChim↑Pomさんのことを知っていたから目を向けなかった方もいらっしゃるのでしょうが、全員が全員そうではないでしょう。意地の悪い盗み聞きで本当に恐縮ですが、入場列でChim↑Pomさんの話題は一つも耳にはいってこなかったです。
 次に会場内の様子です。ここでもなかなかにいつも楽しんでいる美術館とは様子が全然違ったのでとても驚きました。大きく違ったのは特に一つ一つの鑑賞時間です。いつもの美術館だと、周りの方もそうですが一つ一つの作品をゆっくり味わうように細かく細かくじっくり時間をかけて鑑賞します。しかし今回の展覧会ではサラサラと目を通して写真をパシャリ、それで次に行く、というような方がとにかく多い。もちろん絵画とインスタレーションアートは全然属性が違うので楽しみ方は同じである必要はないと思いますが、作者の意図まで本当に考えているのだろうかとまで疑ってしまうほどのスピードで次々と見ていくのは、頑陋な僕からすると違和感でしかありませんでした。本当にアートとして楽しんでいるのでしょうか。
 一緒に来た人たちと感想を交換しあう時も、「すごーい」「こわーい」の二種類がかなりを占めている様子。
 もちろんアートには人それぞれの楽しみ方があるし、それがアートの魅力だと思います。作者が一つの形として発信したものを受け手がどのように扱うかは受け手にゆだねられるべきであるとも思います。もし作者の意図を考えていなかったとしても、彼らにとっては異質な非日常を楽しめた、それだけで一つの価値だと思うし、Chim↑Pomさんの魅力であると思います
 しかし、Chim↑Pomさんが意図したメッセージが伝えられているかで考えれば、疑問に思うところがある、それはChim↑Pomさんのアート、試みが失敗していると捉えられなくもないでしょうか。説明文に明示してある狙いがうまく達成されていないのであれば、それはただ物珍しい、不思議な風景というだけで本当にアートとして完成されているのでしょうか

まとめ

 今回のChim↑Pom展ですが、やはり振り返ってみても好きにはなれなかったです。展覧会入り口に書いてあったような「現代社会の事象や諸問題に対するメッセージ」が主題であるなら、①どこにでもあるような陳腐な内容②どのくらいの観客が実際にそのメッセージを受け取ろうとしているのかが疑問であるところからあまり成功しているとは見えませんでした。芸術という名前を借りた物珍しい風景を作るだけなのかなといった印象です。
 しかしやはり僕は大学生になったばかりの無学な若造です。今回あまりいい印象を持てなかった現代美術ももう少し視点を広げて深めていきたいと思いました。まだまだ勉強不足だなあって感じです。もっと勉強して自分の意見に自信を持てるように楽しんでいきたいですね。
 今回このブログで不快な思いをされた方へ、本当に申し訳ありませんでした。正直な意見というだけでちょっと書きすぎたかなと反省しております(そういいながら公開しちゃってますが)。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。失礼します。


#美術館 #美術 #現代美術
#森美術館 #大学生  

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