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その日、全世界で(第6章)

第6章 再会

 いろんな思いを巡らしていると、由香から電話がかかってきた。そして咄嗟に出てしまった。日曜の正午も過ぎた時間だし、教会の礼拝はとっくに終わっている。
 「みゆ?よかったー。出てくれて。今、ココも一緒なの。今日も仕事ある?」
 今日は朝早くから主人が息子たちと釣りに出かけたので、私は暇だった。だから、一人でボーっとしながらチョコパイを食べてミルクティーを飲んで、色々と考えていたのだ。
 「何もないよ。今チョコパイ食べていたところ」
 「昼食はもう食べた?」
 「まだだよ」
 「じゃー今から出てこない?今からランチ行こうよ」
 「どこに行けばいい?」
 「車だから、今からみゆの家の前まで行くよ。準備しておいて。30分くらいで着くから」
 「分かった。じゃあね」
 私はこの二人を避けていたはずだ。それなのにすぐに電話に出て、しかも今から会うことになった。会えば、またイライラするだけなのに、なぜ断らなかったのか。自分でも不思議だった。とにかく30分以内に用意しなきゃいけない。急がねば。
 普段はまったく着ることがない黄色の花柄ワンピースに、若い子が着ているようなジージャンを合わせて、髪も普段は一つ括りなのに、ストレートアイロンでまっすぐにして、薄化粧もした。2人の旧友に会うだけなのに、私は明らかにはりきっていた。なぜだろう?
 もう、私には宗教的な話をしないでと冷たくあしらっていながら、連絡があると嬉しくてすぐに準備をする。私は世にいうツンデレなのか?はたまた、かまちょなのか?
 メールがきた。
 ―みゆ、家の前に着いたよ。戸締りをしっかりしてから出てきてね
 ―了解。すぐに出るよ
 私は、寝室にある全身鏡で最終チェックをして笑顔を作り、玄関を出た。今日は前のように冷たい態度ではなく、にこやかに話して、穏やかに過ごして気持ちよく帰るぞ!と自分に言い聞かせた。
カギを閉めて、門を閉じ、にこやかに由香のプリウスの後部座席に乗り込んだ。助手席にはココがいた。
 「久しぶりー。奈々子の結婚式以来じゃない?もう20年近く会ってなかったよね。みゆ、変わってないね。スタイルもいいし、服も素敵だね」
 さすが、ココ。昔からいつも先に話しかけて相手を褒めることから始める。変わってないのはココの方だ。
 「ありがと。人を褒めるとこからスタートするココも、昔と変わってないよね」
 私たちは一瞬で高校時代に戻った。目的地のスパゲティー専門店までの道中は、担任の先生のその後の話や文化祭での今だから話せる失敗談や、卒業旅行の話などで盛り上がり、話は尽きなかった。
 今日のお店はココが大好きなスパゲティーのお店らしく、私と由香は初めてだった。他と比べて特に美味しいわけではないが、客室同士の間隔が広くあいていて、個室を取っているかのような空間でゆっくりと話せるというのがお気に入りとのことだった。
 確かにお店に入ると、とてもお洒落な長方形の木製の机と丸いすが置いてあり、周りは木々で囲まれ、室内なのに、森の中にいるかのような雰囲気で、両隣の客席とはその木々と葉っぱで遮られているため、完全個室のように感じられる落ち着いた空間だった。
 席について、私たちはそれぞれパスタランチを注文した。私はペペロンチーノ、由香はナポリタン、ココはたらこクリームパスタにした。最初にコーンスープとサラダ、それぞれ注文したパスタ、そしてデザートにはレモンのジェラートが出された。
 最後のジェラートを食べ終わるまで、高校の時の話と最近のそれぞれの仕事や家族の話で盛り上がり、聖書や信仰の話はまったく出なかった。二人が私に気を遣ってくれていることが、なんとなく嬉しくもあり、寂しくもあった。口ではうまく言えない変な感情が私の中で渦巻いていた。
 ふたりがいつまで経っても、クリスチャン関連の話をしないので、私は自分から話してみることにした。
 「前に言っていたクリスチャンが急にいなくなる話だけど、本当にそんなことが起こると二人とも信じているの?」
 なんの前ぶれもなく、急に私がそう切り出したので二人は驚いていた。
 「そうだよ。聖書に書いてあるからね、信じているよ」
 ココが穏やかに答え、由香は微笑みながら私を見つめた。
 「だけど、現実的に人間が生きたまま天国に行くなんて考えられないよ。天国ってどこにあるのか知らないけど、瞬間移動みたいなものでしょ?SFの世界じゃない?ありえないよ。なんでそんな映画みたいな話を真面目に信じるの?『本当にドラえもんって実在するよ。信じる?』って言われて信じる人がいる?いないでしょ?それくらい私にとっては信じられない話なのだけど」
 話しだすにつれ、声の調子がだんだん怒り口調になってきた。やばい。今日はにこやかに笑って過ごすと決めたはずだ。しかも、二人はあえてその話を避けてくれていたではないか。それなのに自分からこの話を持ち出して、二人を困らせるようなことをわざわざ言うなんて。ドラえもんまで出しちゃって、支離滅裂だ。私は何が言いたいのか。
 「そうだよね。普通はありえないよね。だけど、このことをなさるのは全知全能の神様なの。私たちのような能力や体力に限界がある人間の業ではなく、なんでもお出来になる神様がなさることなの。この天と地をすべて造られた神だからできることなのよ。私もね、人間の力で、こんなことができるなんて思わないよ。誰かが、私を瞬間移動させると言っても絶対に信じない。だけど、それをなさるのは神だから、信じているの」
 穏やかな口調のままで、ゆっくりと、小さい子に話すように優しくココは答えてくれた。
 「私たちが信じているのは、誰かがそう言っていたからではなく、聖書にはっきりと書かれているからなの。たとえば、この聖書箇所だけど・・・」
 そう言って、ココが携帯の画面を見せてくれた。今は聖書もスマホにダウンロードできるのだと変な所で感心した。ココが見せてくれた箇所にはこう書かれていた。

 私たちは主のことばによって、あなたがたに伝えます。生きている私たちは、主の来臨まで残っているなら、眠った人たちより先になることは決してありません。
 すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、
 それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。 ですから、これらのことばをもって互いに励まし合いなさい。

(第一テサロニケ4章15節から18節)

 ココが再び顔を覗き込みながら、
 「ほかの聖書箇所もあるのだけど、ここが一番わかりやすいかなと思って。これが携挙(けいきょ)。英語ではrapture(ラプチャー)って言うの」
 ココがそう言った。私は黙った。返す言葉が見当たらなかった。確かに私たち人間と神様が同じ力、能力な訳はない。神なのだから当然だ。でも、まだどうしても、ココや由香たちの様に素直に聖書を読む気にはなれない。拒絶反応というか、私の中には神に対するどうしようもない反抗心のようなものがある。
 神様はキリスト教だけではないはずだ。ほかの神にもその能力があるのではないか。それなのに、どうして、クリスチャンだけが天国に行くのか?納得がいかない。どうして、真面目で善良な人たちが天国に行けないのか?でも、由香やココとは友達でいたいし、こうやって反抗しながらも、もっと聖書の話も知りたい。質問もまだまだしたい。
 私は自分がどうしたいのかわからなかった。不思議なことに気が付いたら涙が出てきて、止まらなくなった。
 「みゆ、ごめんね。なんか言い方が悪かったかもしれない。私はみゆの考えを変えようとして話したわけではないよ。みゆにはみゆの考えがあって当然だから。みゆの質問に答えたつもりだったけど、きっと私の言い方が悪かったんだよね。ごめんね」
 ココは、必死に私に謝ってきた。由香は
 「私もココと色々話して、その度に色々教わって、本当に徐々に聖書の話が理解できるようになったから、みゆもきっとそのうち理解できるようになると思うよー」
と、いつも通り明るい口調で話してきた。
 私は自分でもなぜ涙が出たのかわからなかったし、ココたちになんて言えばいいのかわからず、しばらく黙って泣いていた。けれど、咄嗟にこれだけは聞いておきたいと思い、すぐに泣きはらした顔を上げてこう言った。
「どうして、クリスチャンだけなの?ほかの宗教を信じている真面目な人や、宗教を信じていなくてもよい行いをしている人はなぜ、天国に行けないの?」
 ココは、まったく表情を変えず、いや、むしろもっと穏やかな口調で答え始めた。
 「それは、みんなが必ず疑問に思うことなのよー。私も由香もそうだったしね。だけど、答えは簡単。この世界、天地を造られた創造主はお一人だけなの。唯一の神なの。ほかに神はいないって聖書にはっきりと書いてあるのよ。だから、このお方以外を礼拝することを聖書では禁じているの。それに、私たち人間は例外なく、全員が罪を犯しているから、本来は全員が死んだら地獄に行くことになっていたの。罪ってわかるかな?創造主なる神から離れて、好き勝手に生きること、それが罪なの。もちろん、嘘をついたり、口に出さなくても誰かを悪く思ったり、ねたんだり、悪い感情はすべて罪なの。殺人や泥棒のような法を犯した犯罪だけではなく、人の内にあるすべての悪い思いも罪なの。だから、罪を犯していない人なんてこの世にいないことがわかるでしょ?私たちは、だから、清い聖なる神様には直接近づくことが出来ないし、自力ではどんなに良い行いをしても天国に入ることはできないの。みゆが言うように、良い行いをしている人はたくさんいるよね。だけど、行いでは天国には入れないの。イエス・キリストは、神であるにもかかわらず、人間の形をとって、私たちの罪のために十字架上で死んでくださり、墓に葬られ、3日後に蘇られたの。これを『福音の3要素』っていうのね。私たちが、自分の罪を悔い改め、このことを信じて天国に入れるようにしてくださったの。それにね、これも、みゆには信じてもらえないかもしれないけど、私たち人間も死んだらイエス様のように復活することができるの」
 「復活?」
 「そう、復活。今携挙がきたら、現在地上にいるクリスチャンは生きたまま天国に上がるけど、その前に今までに亡くなったクリスチャンたちが先によみがえって完全な体を与えられ、生きたままの私たちと一緒に天国に行くと書いてあるの。だから美樹の方が先に復活するってこと。さっき読んだ箇所で『眠った人たち』ってあったでしょ?それが先に亡くなったクリスチャンのことを指しているのよ」
 美樹は高校の同級生だが、卒業後20代で病気のために亡くなった。お葬式に行った友人から美樹がクリスチャンだったことを当時知らされた。ココと数人しか知らないことだったらしい。美樹は高校在学中にココに相談して、教会に通うになり、卒業する頃にはクリスチャンになっていたと聞いた。
 「SFの話にしか聞こえない。わけが分からない。色々聞きすぎたのかな・・・頭が混乱している感じがする。自分から聞いておいて、勝手なこと言うようだけど、今日はもうこれ以上無理かも・・・」
私の涙は止まりそうになかった。
 美樹とはそんなに親しくはなかったが、絶対に忘れられない思い出があった。高校1年で行った冬山登山の遠足での出来事だった。予定よりかなり遅くなった昼食を山頂付近で終え、下山する前のトイレ休憩から集合場所に戻ると、あろうことか、もう私たちの学校の集団は出発していて、美樹と私だけが置き去りにされてしまった。現実が受け入れられないまま、とにかく下山しようと、どちらかともなく手をつないで、歩き始めた。雪山の夕刻に近づいた静けさは、その時置かれた私たちの状況をさらに怯えさせた。当時は携帯もなく、連絡の手段もないため、私たちは速足でしっかりと手を握り合って下山した。
 どれくらい歩いたのかわからなかったが、ようやく私たちの高校の団体らしき背中が見えてきた。私たちは学年主任の先生の名前を呼びながら走って行って泣き始めた。ホッとしたのだが、同時に急に震えがきて、しばらく止まらなかった。学校側は私たちがいなくなったことに全く気付いていなかった。大失態である。一歩間違えば、大事件につながりかねない出来事だった。
 その日初めて話をしたくらい、私は美樹とはほとんど話したことがなかった。
 「明日の一面記事に載るところだったね」
 私たちは、見つめ合って笑い泣きしながら、手を離してクラス毎に用意されているバスに乗った。それが最後だった。それ以来、朝や帰りの挨拶を交わすぐらいで、そのまま卒業した。あの美樹も今は天国にいるということかー。もし、再会できたら、「あの時は本当に怖かったよね、心細かったよね、死ぬかと思ったよね」など色々話すことが出来るということだ。
 この日はそのままお開きになった。また、会おうということで、由香の車で家の前まで送ってもらった。帰りの車の中では、由香が私の好きな漫才師の新ネタの話をし、どうにか雰囲気を良くしようと頑張ってくれていた。
 私がうまく相槌を打てないまま、車が家の前に到着した。助手席のココが振り返って笑顔でこう言った。
 「次に会えたら、もっとわかりやすく説明するね。みゆのこと、由香と祈っているからね」
 「ありがとう。今日はごめんねー」
 そう言って、私は車を降り、台所で男たちが盛り上がりながら釣った魚をさばいている家へと入っていった。

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