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ショートショート「水の国」

マロン小国は透明な湧き水あふれる美しい国である。
国民は蛇口をひねればすぐに美味しい水が飲めた。緑豊かで、多くの渡り鳥が羽休めにマロン小国に飛んでくる。

日光は木々の間から優しく照り注ぎ、光のマントが国王の住む宮殿に広がる。宮殿の窓辺に立っていたマロン小国の大臣が言った。
「このように素晴らしい自然環境は、他の国には無いに違いない。清らかな水がそこかしこにあふれ、飲み水に困ることはまったくない。我が国自慢の資源だ」

大臣の隣にいる副大臣も言った。
「ええ、そうでしょう。だけど問題が一つ。人口減少です。子どもがさっぱり増えません。どうしたものでしょうか。このままでは国の存続が危ぶまれます」

「その心配は解消した。じつはポキ国のガリーという投資会社が我が国に投資をしたいと言ってきてね。あの広大な森の一角に工場を作ることになったのだ。工場で作る製品には多くの水が欠かせないらしい。我が国の最大の資源である”水”が、利益を生むこととなる」

「それが、どういうわけで人口減少の歯止めにつながるのですか?」

「ガリー会社の利益の一部を我が国に税金として収めてもらう。製品が売れるほどに税収も上がる。それで子ども予算にかなりの金を投入することができる。そうなれば、若いカップルは子どもをもとうという気になるだろう」

「なるほど」

「やがて人口が増え、このマロン小国はもっと栄えるというわけだ」

「それは素晴らしい計画です。ですが、工場建設ということはこの美しい環境に負荷がかかるのでは?水資源は大丈夫でしょうか」

「心配はいらない。工場には大型の水路循環設備を導入する予定だ。使った排水は循環させ再利用できる」

「完璧な計画ですね」

大臣と副大臣は、ガリー会社の工場建設にあらゆる補助を行った。森の一角に工場建設が進み、ついに完成した。

工場が稼働を開始すると、工場から製造される製品が飛ぶように売れた。ガリー会社は儲け、その利益の一部がマロン小国に入った。

そのお金を使って大臣たちは国の子どもに投資を始めた。出産費用の補助、医療費の無償、学校教材の無償、大学進学の際の入学金・授業料補助など、あらゆる施策を打ち出し子どもを産み育てやすくする環境を整えた。

やがてマロン小国には子どもが少しずつ増え、その育児環境を羨ましく思う他国から若い夫婦が移住し始めた。こうしてマロン小国の人口問題は解決した。

だがいっぽうで、別の問題が発生することになった。蛇口から出る水が明らかに減ったのだ。蛇口を最大にひねってもちょろちょろとしか出なくなった。


illustration by sato


大臣はガリー会社の社長に文句の電話をかけた。
「我が国自慢の水が減っているのは、いったいどういうことです」

ガリー会社の社長はいった。
「水量が減ったのはこの国に住む人が増え、水路循環装置の稼働が精一杯なのです。今より10倍大型の装置に変える必要があります。だが資金ががかかる。我々はすでに工場と製品製造に資金を投入し続けているので、水まで手が回りません」

「わかった。国民の水使用料を割り増しすることにしよう」

大臣はこれまで低額だった水使用量を増額して、国民から徴収することにした。徴収金をガリー会社に支払い、巨大水路循環装置を作ってもらう。そうして水の量は以前のように戻ったが、これまでのように美味しい水は飲めなくなった。水を使う人が増えすぎて循環装置が稼働しっぱなしになったため、水質が落ちたのだ。

かつて「水の国」といわれたマロン小国は、巨大水路循環装置がなければ普通に水が飲めなくなってしまった。

大臣と副大臣は宮殿の窓辺から、かつて豊かな森であった工場群を眺めた。グラスに注いだ若干濁りのある水を口に含み、互いに苦い顔をした。














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