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ショートショート「水の国Ⅱ」

ショートショート「水の国」
初めの物語はこちら⇩


美しい泉、湧水で遊ぶ子どもたち。水生昆虫があちらこちらに。子どもたちは夢中で虫を捕まえては、抱えていた携帯水槽に入れ、笑った。

水面はキラキラと輝き、親たちは木陰でくつろぐ。ああ、この国はなんと美しく、素晴らしいのだろう。

「大臣」
「ああ、すまぬ、うとうとしていた」
「ガリー会社から、第四工場の申請がきております」
「第四工場か……」

マロン小国に最初の工場が建設されてから、10年ほどが経過していた。広大な森は整地され、さらに第二、第三工場も建設され、すでに稼働している。

工場から排出される水は循環水路を通して国民に還元されるはずだったが、他国からの移住者が増え水が足りなくなった。ガリー会社がマロン小国に納める税金で巨大な循環水路を建設し、現在、なんとか水量を保っている。

保っているからこそ、今の生活の豊かさが優先される。水質は明らかに落ちてしまったのだが、人はこれまでになかった「快」を経験すると、なかなかそれを手放すことができない。

ガリー会社のほうも、マロン小国の水のおかげで製品を大量生産することができ、過去最高利益を年々更新している。第四工場建設に意欲的なのはそういった理由からだが、工場が増えれば循環水路がさらに必要なことは絶対条件。

大臣は考えた。経済をとるのか?豊かな水資源をこれ以上減らさないよう死守するのか。国民が幸せに豊かに暮らせるよう、仕事をするのが我々の役目であるが……豊かさとは……。

大臣は副大臣に言った。
「国民の声を聞こう」
「承知しました」

・・・

さっそく、広く国民の声を聞くための会場が設けられ、意見を述べる国民は抽選で選ばれた。

「我々の水資源はちゃんと守られるのか?」
「水の管理は、できているのか?」
「水質が落ちているらしいが、大丈夫か?」

会場からは、やはり水資源を心配する声が多く寄せられた。大臣は一人一人の意見に頷き、耳を傾け続けた。最後の一人まで聴き終えたあと、大臣はマイクを手に取り会場の隅々まで声を届けるように、ゆっくり話した。

「会場にお集まりの皆さん、本日は皆さんの貴重なご意見を聞くことができ幸いでした。私たちの大切な水資源について、ご不安に思われる皆さんのお気持ちは、よくわかります。我々国の機関部は、皆さんのお気持ちに応えるべく日々水質管理を徹底し、水量を守るよう努力しています。その成果もあり、現在の水量を保っているのです。
皆さん。ここからよく考えていただきたいのです。ガリー会社の工場を誘致したことでマロン小国は移住者が増え、これまでにない人口を抱え経済に関しV字回復いたしました。皆さんも感じているでしょう。経済がよく回るようになり所得が増え、輸入品についても物価が安くなりました。暮らしやすくなったことで出生率が上がっています。まさしく豊かな国の一つに入ることに成功したと言えるでしょう。もはや工場なしでは、この国の豊かさはあり得ません。我々は第四工場についても、しっかり検討していくつもりです」

大臣がマイクを下ろすと、会場からは拍手が湧き起こった。マロン小国民は、我が国の水が”枯れる”ことはないと、だれもが信じていた。

それからさらに、15年が経過した。


illustration by sato



・・・

池というには程遠い窪地に、ひとりの子どもが長靴を履き、泥を踏んで遊んでいる。白髪頭の老人が、子どものそばによって声をかけた。

「水遊びかね」
「ううん。ここは泥地だから、泥あそびしているの。どこもドロドロで楽しいよ」
「そうか。私が子どもの頃は、ここで友だちに水を引っかけながら、虫取りをしていたなぁ」
「虫?どんな虫?」
「羽が青く薄くてキラキラした、トンボだよ」
「ぼく、トンボ見たことない。どんな生き物なの?」
「からだが細くて、眼が大きい虫だよ。水に近い草原にいてね、草をかき分けると空一面に飛んでいくのさ。それで網を空に向かって左右に振るだけで、簡単に捕まえられるよ」
「それ、いいな!ぼくもやってみたい!」

老人は空を見上げたが、空には虫1匹も、飛んでいなかった。トンボを見たことがない、という子どもの言葉が、老人の胸に刺さった。わたしのあのときの判断は、正しかったのか……。老人は、子どもにかける言葉が見つからなかった。

国の機関部から引退し、老人の日課はかつて子ども時代によく遊んだ湖畔を散歩することだが、もはや湖畔という言葉には似つかわしくない泥の畔を、老人はゆっくりと歩くのだった。





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