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#074睡眠のナゾを解く。

今、「ラニーニャ現象」が一因とか。10年一度の寒波襲来で寒さが一段と増している。ただでさえ、寒暖差による自律神経のバランスが崩れて、体調不良が起きるシーズンでもある。「睡眠の良し悪し」が体調不良に大いに関係するのではないかと年金シニアの好奇心をそそる記事として、最近の「睡眠研究」の実状を拾い読みしてみた。
1.素朴な眠りの疑問に答えるQ&A
2.社員がよく眠る企業ほど利益率が高い
3.「オレキシン」の発見
4.睡眠のミステリー

柳沢正史氏。睡眠研究の世界的権威、2012年からは世界で唯一の睡眠に特化した研究機関、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)で初代機長。1998年には覚醒を維持する物質「オレキシン」を発見した。昨年9月、Googleの創業者らが創設した世界最大の科学賞、「ブレークスルー賞」(生命科学部門)に選ばれた。
人生の3分の1も費やしているのだから、できれば快適に眠りたい。でも、睡眠はまだ謎が多いのにも関わらず、よい眠りについての情報は氾濫していて、いったい何が正しいのかわからなくなってしまいそうだ。日本人の睡眠時間が短いことは様々なデータで示されている。そして、実際に睡眠で悩んでいる人も多い。厚生労働省の「国民健康・栄養調査結果」(2019年)によると、20歳以上の男女約5700人のおよそ2割が、睡眠時間が足りなかった日が週3回以上あったと回答している。睡眠の質の満足感についても、同様の結果だった。万人にとって完璧な睡眠スタイルはないとしても、科学的に根拠のある、より良い睡眠のコツはある。
今回は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)の柳沢正史機構長の監修で、素朴な眠りの疑問に答えるQ&Aをお届けする。
Q最適な睡眠時間はどれくらい?
A
 適切な睡眠時間は一人ひとり違います。疫学調査などから、成人の場合ほとんどの人が6〜8時間程度の睡眠が必要だと考えられています。眠気は睡眠不足のバロメーターです。脳が質的な、あるいは量的な不足を訴えているのです。日中に眠気を感じる、平日と休日で睡眠時間に2時間以上の差がある、などは睡眠不足のサインなので、そうならないような睡眠時間を試しながら探し出していくことが大事です。自分にとって適切な睡眠時間を知るには、1週間、休日を含め同じ就寝・起床時刻を守ってきっちり眠る。これで昼間の眠気もなく調子が良ければ、それが必要十分な睡眠時間です。ただ、多くの人が睡眠不足だと思われるので、この1週間はできれば普段より30分〜1時間長く寝てみることをおすすめします。ほとんどの人が普段より調子がよくなるでしょう。
Qショートスリーパーは本当にいるの?
A 毎日4〜5時間程度の睡眠で足りる人は確かにいます。そうした人たちに共通する遺伝子があることもわかっています。ただ、体質的にショートスリーパーの人がどの程度いるかは、大規模に調査されていないのでわかりません。本当に必要な睡眠時間が5時間未満の人は、おそらく1000人に1人程度でしょう。訓練すれば誰でもショートスリーパーになれるというのは間違いです。睡眠不足になるとパフォーマンスが下がったり健康被害があったりと、良いことはひとつもありません。努力で最適な睡眠時間を変えることはできないのです。偉人を例に挙げると、エジソンやナポレオンは短時間睡眠者として知られていますが、アインシュタインは10時間以上眠っていたとされています。やはり、一人ひとりに適した時間眠ることが大切です。
Q質の良い睡眠をとるためにはどうすればいいの?
A 寝室の環境を整えることが重要です。
①部屋を暗くすること、
②静かな環境にすること、
③温度・湿度を朝まで快適に保つことです。
この3つのことを心がけるだけで睡眠の質がよくなります。
①について
真っ暗が苦手な人は照明を最小限の明るさにしてください。部屋の照明やスマートフォンの画面などから出るブルーライトは体内時計に影響します。
寝床でスマホを見ると、ブルーライトが体内時計を遅らせて、脳が「まだ昼間だ」と勘違いをします。身体を夜の状態に整えて睡眠を促す「メラトニン」も出づらくなり、眠れなくなってしまう可能性があります。
SNSなど双方向性のあるメディアはさらに眠りを妨げます。
②について
音は眠りを妨げる刺激となります。特に人の声は覚醒作用が強いので、テレビをつけたままや音楽を聞きながら眠る人でも、オフタイマーをかけるようにしましょう。
③について
「エアコンをつけっぱなしで寝ない方がいい」というのは間違いです。夏でも冬でも、朝までエアコンをつけて快適な温度・湿度に保つことが快眠につながります。また、寝る前に水を飲みすぎない、カフェインを摂取しない、お酒を飲みすぎない。お酒を飲むなら晩酌だけにして、酔いが覚めかけたところで寝るのがよいでしょう。寝る直前はリラックスした時を過ごすことも大切です。寝るときのルーティンを決めることも効果的です。
Q寝だめはできる?
A 覚醒している間に睡眠負債(眠気のもと)が脳内にたまっていきます。これを返済するのが睡眠です。たまってもいない負債を返済することはできないので、寝だめはできないのです。週末になると、いつもより長く寝る人は多いと思いますが、これは寝だめではなく睡眠不足でたまった負債を返済しているのです。ただ、完済するには土日の2日間では足りなくて、少なくとも4日はかかります。
Q昼寝は有効?
A 短い昼寝で脳が回復して、パフォーマンスが上がるのは事実です。ポイントは20分くらいで切り上げること。机に突っ伏すか、ヘッドレストのある椅子にもたれるなどして、頭を支えられる体勢になります。適宜アイマスクや耳栓を使いましょう。なぜ20分かというと、その間に、覚醒からノンレム睡眠のステージ2に入ることができるからです。ステージ2はきちんとした睡眠になり脳が回復します。大事なのはそこで起きること。30分以上寝てしまうと、ステージ3という一番深いノンレム睡眠に入り、寝起きが悪くなります。対策としては、昼寝の直前にコーヒーを1杯飲むと、カフェインの効果が20〜30分後に出始めるのでちょうどよいと言われます。また、夕方以降に仮眠してしまうと、夜に寝付けなくなったり、夜中に起きてしまったりするので注意が必要です。そして、大前提として、昼寝はあくまで応急措置だということ。夜十分眠れていれば睡眠負債は生じず、昼寝は必要ないのです。Qなぜ夢を見るの?
A 夢の機能はわかっていません。ストレスとなる事柄に直面した時の状況を夢のなかで予行演習していて、現実に起こるかもしれない「恐怖体験」や「様々な葛藤状態」に備えているのではないか、とする学説もあります。しかしながら、証明されているわけではなく、わからないというのが正直なところです。夢は浅い(ステージ1〜2)ノンレム睡眠とレム睡眠で見ることが知られています。ノンレム睡眠中の夢はぼんやりとしていて断片的ですが、レム睡眠中には複雑で奇妙な夢を見ます。通常、毎晩夢を見ていますが、睡眠時には記憶の機構が働いていないので夢の内容は覚えていません。たまたまレム睡眠の直後に目が覚めると、その内容を覚えていることがあります。夢に出てくるのは、私たちの脳が記憶している情報の断片です。レム睡眠中は、楽しい、怖い、不安といった感情を伴う夢を見ますが、これは脳で感情をコントロールする「扁桃体」が活発に活動しているからです。また、亡くなった人と話をする夢や空を飛ぶ夢など非現実的な夢を見るのは、レム睡眠中に論理的な思考などに関係する「前頭前野」の活動が低下していることが原因です。
Q成長するにつれて必要な睡眠時間は変わる?
A 成長・老化と、睡眠時間・睡眠の質は大きく関連しています。睡眠時間は成長するにつれて短くなります。新生児はミルクを飲む時以外は眠っています。4〜5歳以上になると、昼寝をせずに日中ずっと起きていられるようになります。一方、60代以降になると、ぐっすり眠る時間は短くなります。加齢に伴い眠りの持続性が低くなるため、中年以降の人が夜中に目が覚めてしまうのは普通のことです。ただ、3〜4回以上何度も起きてしまう場合や、次の日の生活に影響するようなら、日本睡眠学会の認定を受けた専門医にかかることをおすすめします。
Q目覚ましアラームが鳴る前に目覚めるのはなぜ?
A 翌朝大事な予定があって目覚まし時計をセットして寝たところ、セットした時刻の直前に自然に起きられたという経験はないでしょうか。ドイツの研究チームが、この現象を説明する実験を行いました。起きる時刻をあらかじめ指示されてから寝ると、その時刻の1時間ほど前から、血糖値と血圧を上げる働きを促すホルモンが血液中に増えて、起床に備えていることがわかったのです。つまり、起床する時間を意識してから眠りにつくと、起床時間に向けて体をコントロールすることができるということです。「明日はいつもより早く起きなければならない」という意志は睡眠中にも脳を支配して心身をコントロールしている、というのです。ただし、20年以上前に発表されたこの論文は、いまだ独立には再現されていません。
Q睡眠不足だと太りやすくなるって本当
A
 睡眠不足と肥満の関係は疫学的にはっきりとしたデータが出ています。被験者に2週間にわたって4時間だけ眠ってもらうという睡眠制限の実験がありました。たった2週間ですが、その間に平均で、1日の食事の摂取量が300キロカロリー、体重が0.5キログラム、内臓脂肪が11%も増えました。逆に、太り気味で睡眠不足の人を集めて「いつもより2時間長く寝てください」と指示をして実験すると、実際には平均で1.5時間ほど長く眠り、1日の食事の摂取量が300キロカロリー減り、体重も減りました。これもたった2週間の実験です。
「寝る子は育ち、寝る大人はやせる」ということですね。
Q睡眠の量や質をチェックできるデバイスってどうなの。
A 睡眠の量や質を測定して「見える化」し、より良い睡眠を確保するための技術「スリープテック」が注目を集めていますね。スマートウォッチやリング型のウェアラブルな機器に搭載された加速度センサーや心拍計などを使って、睡眠時間や睡眠の深さを測るといったものです。ただ、実際に睡眠状態を見える化するのは難しく、脳波や筋電図を見なければ、正確なところはわかりません。睡眠に問題を抱えているなら、専門の医療機関を受診して検査した方がよいでしょう。日常使いで睡眠の改善を目指す場合でも、「効率のよい睡眠」を求めて稼働できる時間を延ばすことを考えるのではなくて、まずは自分に必要な睡眠時間を把握して確保し、残りの時間をどう使うかを考えた方がよいと思います。」

驚くほど明確」な結果
社員がよく眠る企業ほど利益率が高い
ー慶應義塾大学商学部の山本勲教授(労働経済学)ー

従業員の睡眠時間と業績との関係性を調べた。
平均睡眠時間の長さによって、企業を5つのグループに分類すると、睡眠時間が長いグループほど利益率が高い傾向があることがわかった。

また、最初の年(2017年)の1年後と2年後にも同じ傾向となり、睡眠時間と利益率の関係が持続する可能性も見えてきた。ただし、これだけでは、「常に業績が良いから従業員はよく眠れる」といった逆の因果関係もありうる。そこで、変化に注目した因果関係の推定を行ったところ、前年よりも睡眠時間が長くなった企業では利益率がアップすることを確認した。
アメリカの研究では、睡眠時間が短いほど個々人のパフォーマンスが落ち、睡眠不足が蓄積すると、徹夜したのと変わらない状態になることが示されている。山本氏の分析の結果、組織レベルで見ても、従業員の睡眠時間が長い企業は業績が良いという結果が見えてきた。
山本 広く健康にアプローチすることはもちろん大事ですが、睡眠に焦点を当てて健康経営や働き方改革を行うことが、実は従業員のウェルビーイング(幸福感)を良くしたり、企業業績を良くしたりする近道になる可能性があるのではないかと思います。

企業の働き方改革を支援する株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵・代表取締役社長も、
2000社以上の企業をコンサルティングするなかで、睡眠の重要性を実感してきた。働き方改革を進める多くの企業が「残業を月間45時間以内に」といった月間の労働時間管理をしている中で、特に良い業績を上げていたのが、1日ごとの勤務と勤務の時間を空け、睡眠時間の確保を気にかけていた企業だったのだ。
小室 まずは経営者が、勤務間インターバルは業績を上げるための話だということを理解することが重要です。
勤務間インターバルに配慮している企業への認証の仕組みもあると良い。取引先に対しても長時間労働を強要しない、フェアな企業が消費者にも学生にも選ばれる時代です。

「睡眠研究のトップを走り続ける柳沢氏への単独インタビューから
──昨年(2022年)、「オレキシン」の発見と「ナルコレプシー」の病態解明などの業績で、ブレークスルー賞に選ばれました。睡眠研究への関心が高まっている証しではないでしょうか。
そうですね。2022年に米国神経学会が久しぶりに現地で開かれたのですが、睡眠がテーマの演題の数が3年前の数倍になっていたそうです。会期中、毎日どこかの会場で睡眠の研究成果について話をしていたということで、明らかに流行りではあります。最近、欧州の研究機関が睡眠不足によるGDP当たりの経済損失を試算しました。日本は先進5カ国で最悪。経済活動への悪影響も指摘され始めたという背景もあるでしょう。

──オレキシンの発見は、その後、睡眠のメカニズムの解明にどのような影響を与えましたか。
この20年の間に、睡眠・覚醒をつかさどるスイッチとして働く神経回路の大まかなところは明らかになってきました。睡眠を促進する神経細胞群と覚醒を促進する神経細胞群が、お互いに抑制し合う神経回路をつくっていて、シーソーのように必ずどちらかに切り替わる。オレキシンは覚醒をつかさどるスイッチの一部なんです。ししおどしに例えると、竹の筒にちょろちょろと溜まっていく水が「眠気のもと」。溜まっていく間は覚醒状態で、筒が傾いて水が流れ出した状態が睡眠です。水が流れきると、筒が元に戻って覚醒するわけです。
わかりやすい説明ですが、水に当たる「眠気のもと」が何なのかは誰も知らない。「長く起きているとどうして眠くなるのか」という根元的な問題は、まだ解かれていません。オレキシンはあくまで、筒の外で、重しとなって覚醒を安定化させるスイッチです。オレキシンを追究していっても、「眠気のもと」の正体や、それが一杯になったことをスイッチに伝えるメカニズムにはたどり着けないでしょう。

仮説を立てない研究
──手ごわいですね。何か打つ手はないんでしょうか。
睡眠の謎はあまりにも大きいため、仮説を立てることすら困難です。そこで、あえて具体的な仮説を立てないフォワードジェネティクス(順遺伝学)という新たな手法を取り入れました。これは、最初から特定の遺伝子を調べるのではなくて、生物のある特徴や症状から出発して原因となる遺伝子変異を見つけるというやり方です。具体的に何をしたかというと、ランダムな遺伝子変異を持ったマウスを約8000匹用意し、脳波と筋電図を測ってそれぞれの睡眠状態を調べました。すると、普通のマウスよりもたくさん寝ているにもかかわらず、まだ眠りたがる「過眠症」のようなマウスがみつかりました。このマウスの遺伝子を調べると、「SIK3」という酵素の遺伝子に変異があった。ではこの「変異型SIK3」は、脳内でどんな作用を起こしているのか。僕らは脳の様々な部分で、変異型SIK3が働くようなマウスをつくって観察しました。脳の大脳皮質で変異型SIK3が働くと、睡眠時間は変わらずに睡眠の深さが向上しました。また、視床下部で変異型SIK3が働くと、深さは変わらないが睡眠時間は増えることがわかったのです。このことから、この酵素が、脳の大脳皮質では睡眠の質(深さ)を、視床下部では睡眠の量を制御するメカニズムを解明したのです。この研究成果は2022年12月、英科学誌「ネイチャー」で発表しました。睡眠の質と量が別々の場所でコントロールされていることを突き止めたのは世界初です。
──では、「眠気のもと」はSIK3なんでしょうか。
SIK3の上流には別の酵素があってSIK3を活性化します。また、SIK3の下流にも別の酵素が存在して、SIK3がその酵素の働きを制御して睡眠を促していることを僕らは確認しています。つまり、「眠気のもと」は1つの分子や1つの物質ではなくて、このような情報伝達の経路そのものだと思っています。今回発見したのは、その一部なのです。
──奥が深すぎます…。
頂上があることはわかっているし、大体の方角も見当がついている。でもその頂はまだ見えていない。「なぜ睡眠が必要なのか」「どうやって睡眠が制御されるのか」という2つの大きな謎。案外、この2つは表裏一体で、どちらかがわかれば両方わかってしまうかもしれません。僕が現役の間に睡眠の謎を解くことができれば、かっこいいなと思っています。」



<まとめとコメント>
睡眠のナゾ解きは、まだまだ時間がかかりそうであるが、睡眠不足がもたらす日本の経済損失は年間15兆円以上、GDP比3%にのぼるとか。
睡眠不足を国を挙げて、取り組めば、賃上げなど解決する働き方改革につながる。更には、日本が睡眠学の最先端の研究をしていることを知り、年金シニアの妄想力を掻き立てるのだが・・・・・。
私たちは人生の3分の1を睡眠に費やしている。自分の「睡眠の質」をあげる工夫が、改めて「幸福度」をあげることに気づかされた。

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