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ビジネス知識と日常感覚の「つながり」をはばむ、専門用語の壁を乗り越える

こんにちは。ビジネスを加速する「つなぐ力」について考えている市瀬博基です。

「つなぐ力」とは、専門分野をタテに掘り下げるのではなく、さまざまな知識や経験をヨコに結びつける知識やスキルのこと。大きく急激な環境の変化に柔軟かつ機動的に対応するために、これからますます必要となる力です。

前回は、情報のインプットで大切なのは、単にインプットする量を増やすことではなく、インプットした情報を、自分がすでに知っていること・経験したことと、どれだけ深くむすびつけられるかが大事だ、という話をしました。

取り入れた情報をヨコにつなぎ、情報の「吸収力」を高めることでパフォーマンスを最大化することができる。

とはいえ、ビジネスの知識をインプットするときに、すでに分かっていることや経験したこととの間に何の「つながり」も見出さなくていいのだ、なんてことを考えている人はいませんよね。

だとすれば、「つなぐ力」を考えるために最初にはっきりさせなければならないのは、なぜ、「つながり」を見出そうとは思いながらも、インプットした情報がヨコにつながらないことが多いのか? どのような要因が、情報をヨコにつなぐことをさまたげているのか? ということです。

というわけで、これから何回かにわたって、ビジネス知識の「つながり」をはばむ要因は何なのか? どうすれば「つながり」をはばむ壁を乗り越えることができるのか? そして、「つなぐ力」とはどのようなものなのか? について考えていこうと思います。

専門用語の壁が、日常感覚との「つながり」をはばむ

「つながり」をはばむ最初の要因は、専門用語の壁です。この壁が、専門的な知識と、その外側にあるさまざまな知識や経験との「つながり」を見つけにくくしています。

明治以降、さまざまな専門知のコンセプトがどしどし日本語に翻訳されたおかげで、外国語を学ばなくてもいろいろな知識を身につけることができるようになりました。

しかしその一方で、専門分野で使われる言葉が、馴染みのない漢字を組み合わせた翻訳語で示されるようになったことで、新しい考え方や行動パターンが、日々の生活や職場でのリアルな実感からずいぶんと遠ざかることにもなりました。

この結果、専門用語で示される考え方や行動と、すでに自分が知っていること・経験していることとの間に、「つながり」を実感しにくい状況が生まれてくるわけですね。

これをコーチングを例に考えてみましょう。

コーチングには、「傾聴」というスキルがあります。この「傾聴」という言葉を聞いて、「ああ、アレね!」と、すぐに思い浮かんでくる経験や記憶はありますか?

あまりないですよね。

「耳を傾けて」、しっかり「聴く」みたいなことだろうなあ、くらいのイメージは抱くことができるでしょう。

しかし、どんな状況で、相手と何を話していて、どういう表情で聞き、どんなトーンで何を問いかけるのか、といった身体感覚のレベルで、この言葉を、すでに知っていること・経験していることと結びつけるのはむずかしいのではないでしょうか。

だから、(自分で書いておいてこんなことを言うのもナンなのですが)傾聴とは、「相手の話にじっくりと耳を傾けること」だといわれても、「そりゃそうだろうな」と思うだけ。

それは、「異なるレベルで響く声の違いに耳をすます」ことであって、「相手と向き合い、対話に没入しながらも、同時に客観的に状況を把握できる態度を維持しつづけることによって、相手が安心して自分と向き合える環境を構築」できるような聞き方である、とか言われても、まだぜんぜんピンとこない。

では、こんどは「親身になって聞く」という言葉から連想されるものを想像してみてください。

(もちろん、この言葉がコーチングの「傾聴」と同じ意味だというわけではありません。言葉を耳にしたときに、心の中に自然にわきあがる状況やイメージ、体感などの違いを感じ取ってもらうための例として、あえて違う意味の言葉を比べています)

「親身になって聞く」という言葉からは、相手とどう向き合い、何に耳を傾け、どのように返答するか、といった話の流れや、その最中に起きるさまざまな瞬間や感覚が、いくつも頭に浮かんできませんか?

声のトーンに表情のつくり方、「グッと身を乗りだす」体の動きやタイミングのような、そこで必要となる「身のこなし」についても、カラダに感じられる感覚とともに思いえがくことができるはずです。

このように、状況や行動、考え方や感情を指ししめす言葉が変われば、そこから呼びさまされる体感の質が大きく変わってきます

こうした体感の差は、すでに知っていること・経験していることとの結びつきの差、つまり情報の「吸収力」の差を生み出し、最終的には、環境変化に柔軟かつ機動的に対応するための「身のこなし」の違いにつながるんですね。

壁の向こう側への通り道が、情報の「吸収度」をアップさせる

「傾聴」と「親身になって聞く」という2つの異なる言葉が生み出す体感の差。

この感覚の違いが、専門用語の壁を生み出します。ふだん使いの言葉であれば、自然に感じとることができるはずの日々の生活や職場のリアルの感覚から遠ざかってしまうことで、すでに知っていることや、経験していることとの間の「つながり」が見えにくくなる。

この壁は、インプットした知識の「吸収度」を大きく低下させます

たとえば、「学習する組織」について学んでいるところを想像してみてください。

「学習する組織」という専門用語や、これを定義する(かなりめんどくさい)言葉を聞くと、「学習する組織」とは、「『自己マスタリー』、『共有ビジョン』、『チーム学習』、『メンタルモデル』といったさまざまな要素や、これらを統合する『システム思考』を備えた組織」のような、とても抽象的なイメージを抱くことになります。

しかし、これをふだん使いの言葉に置きなおしてみると、「学習する組織」という言葉から呼びさまされるイメージや感覚が大きく変わるはずです。

たとえばこんな感じ。

つねにコロコロ大きく変わる環境を前に、チームが一丸となり、(一時的にメンバー間にモメ事が起きることがあっても)いろんな試行錯誤を繰りかえすことができる組織。

その過程で思い込みや思い違いに気づきながら、最終的にはいまの自分たちにとって一番やりやすく、組織全体にとっても効果的で有意義な方法や行動を発見することができる組織。

こうしたプロセスを通じて、さまざまな障害を乗り越える力を持った(そして、そのような力を意識的に高めている)組織。

アタマに浮かぶイメージや感覚がずいぶん違いますよね。

直感的に理解できる言葉を探す努力が、「つなぐ力」を高める

専門用語で示される考え方や行動を、ふだん使いの言葉に置きなおして理解すること。

それができれば、チームや組織が「学習する組織」として機能するために何が必要になるのかを、すでに自分が知っていること・経験したことと結びつけて考えやすくなります。

こうした「つながり」の実感を高めることが、インプットした情報の「吸収度」を高めることなのです。

この結果、インプットした新たな知識やスキルを、状況の変化に応じて(そして自分自身の感覚に照らして)臨機応変に変更・修正しながら、日々の実践に活かせるようになるわけです。

これと同じことは、たとえばデザイン思考でいえば「共感」という言葉で示される感覚や、組織行動学で用いられる(いま大流行中の)「心理的安全性」などなど、ビジネスにかぎらず、さまざまな分野の数多くの専門用語にもあてはまるでしょう。

ここに、「つなぐ力」とはどのような力なのかを考えるうえでの大きなヒントがあります。

インプットするビジネスの知識が、日常の感覚から遠く離れたところにある専門用語で表現されると、そこに「つながり」をはばむ壁ができてしまい、情報の「吸収度」が低下する。

だから、新しい情報をインプットするときは、(多くの場合、難解な言葉で語られることの多い)専門的な知識を、ふだん使いの言葉に置きかえて理解することで、専門用語がつくり出す壁と、その外側に広がっている自分自身の経験や知識との間に通り道をつくること。

もちろん、それは簡単なことではありません。

「こうすれば、こんな具合に変換できますよ」といった、なんとかハック的な典型パターンがあるわけではないからです。

しかし、専門用語に置きかえ可能な、ふだん使いの言葉を探すということは、専門用語で表現されることと、日常の感覚との「つながり」を見出すことに他なりません

だから、これは「つなぐ力」を高めるための基礎トレーニングなんです。

それに、これを習慣化しておけば、リーダーシップを発揮するうえでの大きな力にもなります。

リーダーシップを発揮するにあたってもっとも大切なことは、メンバーに語りかけるにあたって、権威を持つ言葉ではなく、日々の生活や職場のリアルに近いところにあって、自然に感じとることができる言葉を使うことです。

バックグラウンドのや能力、意欲に大きな違いのあるさまざまなメンバーに対して、単に指示・命令するのではなく、人を巻き込み、進むべき方向にまとめていくためには、直感的に理解できる言葉で語りかける必要があるからです。

専門用語を、ふだん使いの言葉に置きかえて理解しようと努力すること。

それは、「つなぐ力」を高めるために必要となる重要な要素であると同時に、リーダーシップを発揮するうえでの大切な条件でもあるんですね。

このように、専門的な知識には、ふだん使いの日常感覚との「つながり」をはばむ力が働いています。

しかし、そうした力の存在に目を向け、そこに生み出される壁を乗り越えるために、専門用語をふだん使いの言葉に置きかえることで、インプットした知識をすでに分かっていることや経験したことに結びつけることができます。

さまざまな知識や経験をヨコに結びつける「つなぐ力」は、そうした不断の努力を通じて高められていくんですね。

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