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ザネレ・ムホリ「Zanele Muholi」/目は旅をする084(私と他者)

ザネレ・ムホリ「Zanele Muholi」(Tate刊)

コンテンポラリーアート、そしてコンテンポラリーフォトを考える時に、それらがたどって来た非対称的(アシンメトリー)な歴史(美術史/写真史)をリシンクすることは、避けて通れない必須課題であり、作業である。

西洋の白人男性、それもストレートの性意識の眼差しによって、多くの表現がうみだされ、文脈化、ひいては歴史化、価値の制度化、権力化が行われてきた。近代国家の多くが、奴隷制や植民地支配による搾取で成り立ってきたのだ。

同時にそれは社会内部にも、不平等、排除、差別、抑圧の規範や構造を生み出し続けて来た。女性差別、同性愛者に対する差別、人種差別、障害者への差別など、あらゆる意識から階級に至るまで、この差別構造を深く形成することで、社会を成り立たせて来たのである。

さてこのような状況の中で、アートを振り返る時に、それがいかに作られ、加担してきたかを検証しなおす必要にかられる。絵画は西洋中心のファンタジーやエクゾティシズムの表象史である。

とりわけ、写真は被写体に対する「眼差し」「表象」をダイレクトに扱うし、メディアに乗って、大衆の意識の刷り込みに強く作用するから、その矛盾が顕著に暴露される分野と言ってよい。

写真は社会告発に向かうこともあれば、インヴィジブルな問題を可視化する。しかし逆にポルノグラフィのように、女性の商品化だけでなく、欲望や搾取を加速することに向かう。そのコントラパーシャルな先導役を資本主義の中で、先兵として果たして来たのは写真であった。

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