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ただ歩く #シロクマ文芸部


ただ歩くだけでもしんどいわ。
だって今日の気温、37度やで。
もう一回いうけど、37度やで。
ぼくなんてうちから数百メートル先の八百屋にキャベツを買いに歩かされただけで「殺人や」と母に文句をいったのに、こいつら野球をしとる。
正気ちゃうよな。
心の中でいったはずなのに、どうやら声に出ていたらしい。店内中がぼくをみた。そしていう。「なんでそんなこと言うん?」
だからぼくは無愛想に「聴こえた?」といった。そしてさらに無愛想な声で「心の声やったけど、聴こえてしもたか」といってみる。
「なんやだいちゃん、ずいぶんとでかい心の声やな。ほんで長いし」
ぼくのふてくされた顔を見て、常連のおっちゃんがいった。
人の心の声にケチをつける前に、さっさとそのお好みを食え………とさらに無愛想なことをいいたくなったが、母の怖い顔が目に入っていったんやめる。
「店の常連客に悪態ついたら小遣いなし」
常々、母にはそう脅されているから。
だからいつもどおり黙ってお昼ごはんを食うだけにしておきましょう。店のはじっこで。
だけど今日はなんかイライラしてしまう。
キャベツを買いに歩かされたこともやけど、一番は店のテレビが原因かもな。
だってぼく、甲子園とか嫌いやし。
「この子ら、大ちゃんと同じ学校なんやろ?」
テレビを指差して、おっちゃんがぼくに訊く。
だからなんやとぼくは言いかけて、「うん」と小さく頷いた。
するとおっちゃんは、「話したことある?」と興味津々。
そんなおっちゃんに「ピッチャーのさかいくんと仲良しやねん」と答えたのは母だった。
「仲良しちゃうわ。同じクラスで隣の席なだけ」
ぼくはあわてて否定した。だけどおっちゃんには聴こえなかったらしい。「いつもなに話してるん?」とかきいてくる。
「なにってべつに。『おはよう』とか『今日ねむたいなぁ』とか」
「なんやそれ。会話ちゃうな。ただの挨拶や」
「だからいうたやろ?隣の席なだけやって」
ほんでももっとほかになんかあるやろ。おっちゃんはそういったあと、突然「あぁっ!」と大声を出した。そして視線はテレビ。どうやら境くんが相手チームにホームランを打たれたらしい。ぼくもつい、スマホからテレビに視線を移した。
(境くん、顔真っ赤やな。)
テレビに映る境くんを見て、はじめに思う。
熱中症ちゃうか?と。だって今日37度やし。
ただ歩くだけでもしんどいのに、球投げするってどういうことやと。境くん、あほちゃうかと。

めんどくさいしおっちゃんにはいわなかったけど、本当はもっと境くんとは会話したことがある。
「大崎くんちのお好みうまいな」といわれて「うまくないわ」とかえしたこともあるし、「大崎くんちのおかん綺麗やな」と言われて、「ブスやしデブや」と返したこともある。
夏休み前には境くんが「最後の夏や」といっていたから、「なんや、死ぬんか」とぼくはいった。
そしたら境くんはぷっと吹き出して、「死なへんけど、高校野球は最後や」と笑った。そんな会話。
正直いうと、ぼくは野球部の子らってあんまり好きじゃない。だってたまにイキってる。おれたちが学校のスターやってえばってるような感じもしたりして、あんまり好きじゃない。
でも境くんのことはまぁまぁ好きや。
べつにぼくんちのお好みをうまいといってくれたからでも、ぼくのおかんを綺麗やと言ってくれたからでもないけど。

「境くん、かわいそうやな」
母はテレビを見ながらソースくさいエプロンを目に当てた。
「なにも泣くことないやろ」
あくまで冷静に、ぼくは母の涙にツッコミを。
「泣くことあるわ」
母がすかさず言い返してくる。「うちのお好み焼きうまい言うてくれた子が、甲子園でホームラン打たれてんねんで。そら涙も出るわ」
母はそういったけど、ぼくはちがう意味で涙が出てきそうだった。
「境、こっからや」
「ドンマイ、ドンマイ。気にすんな」
テレビの中で、ふだんぼくが『イキってる』とばかにしているあいつらが、境くんを励ましている。そんで境くんは手を挙げて、ぎこちない笑顔をみせた。
なんでそんなことできるん?とやっぱり思う。
だってぼくなんて、ただ歩くだけでしんどいよ。
だって今日、何度もいうけど37度やで。
あぁ、またや。だめやな、ぼくは。
頑張ってる人を見るのが最近とてもつらい。
涙が出そうなほどつらいねん。
それを「あほちゃうか」とか「正気ちゃう」とか「甲子園なんて嫌いや」と悪態ついてごまかしてしまうんや。
「泣いてるん?」
おっちゃんがぼくの顔をのぞきこんだ。そんでいう。「なんや大ちゃん、やっぱり境くんと仲良しなんや」
ちゃうわ、アホ。
むしろ夏休み明け、境くんに会うのが怖いんや。
「境くん、甲子園見たで。37度やったのに、えらいなぁ。ぼくなんて、ただ歩くだけでもしんどかったわ」
そんなことをいいそうな自分が嫌で、涙が出てくんねん。

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こちらの企画に参加させていただきました。
『ただ歩く』むずかしかったです……。

参加されているかたの作品に触れて、『なんでそんなに上手く書けるの?』と憧れと嫉妬心が同時に湧き上がり、この作品が生まれました。(あと、土浦日大と専大松戸の試合に感動した)(あと、おいしいお好み焼きを食べた)

みなさんすごいです。
みなさんの作品がまぶしくって見るのがつらいときもあります。
でも見てしまう。楽しいです。
ありがとうございます。

そして読んでくれたかた、ありがとうございました。

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