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ぼくはピート、そしてレイじいさん 第26話

第26話 「予感の音」


曇り空の下を歩いていたら、
ニルンの高い木々の間に
先の尖った塔が見えた。

今まで気付かなかったのは、
そのニルンの高い木のせいなのか
霞むような塔の色のせいなのだろうか。

近付くと
塔の周りは深い緑の生け垣で、
中を見ようとしても
葉と草が邪魔をする。

塔は
離れて見ると
霞み
近寄ると
見えなくなるのだ。

僕は
ぐるりと
その生け垣の周りを歩く。

すると、
どこからか
ピアノの音が聞こえてきた。

風のなびく音と混ざりあって
一音一音
確かめるように
音が響いていく。

それは
少し外れているようにも聞こえた。


「それは、きっとピドリだよ」
レイじいさんが答えた。

「幻の妖精みたいなものさ。音の幻影だね」

けれど、
レイじいさんは
一度も
見たことも
聞いたこともないと言う。


僕たちは次の日、
塔を探しに行った。

けれど、
塔の姿はどこにもなかった。


諦めきれずに、
また次の日、
僕は一人で
塔を探しに行く。

塔は
誘い込むように
ピアノの音を響かせた。

僕は、
緑の囲いの隙間を擦り抜けて
花の小道を進んでいく。

塔は
目の前に
オレンジ色の光を放ちながら
そびえ立っていた。

塔の周りには
ドアが一つもない。

僕は
ゆっくりと塔の周りを歩く。

ピアノの音は、
一音一音
確かめるように鳴り、
そして、
それが
少しずつずれていった。


僕は、
スケッチブックに
塔の絵を描いた。

塔の絵を見せると、
レイじいさんは
「なるほど。ピドリだ」
と言って、
耳を澄ました。


僕は、
塔の中に入る決心をする。

曇りの空の下を歩き、
緑の生け垣を乗り越えて、
そびえ立つ塔の周りを
ぐるぐると回る。

ドアはない。

僕は、
そっと
オレンジ色の光を放つ塔の壁を
手で触る。

ゆっくりと押すと、
それはドアのようにへこみ、
ずれて、
僕の体は、
するりと中へ入っていった。

中は晴れていた。

青空のように
まぶしい光が満たされていた。

まるで
世界中の太陽が
塔の中に閉じ込められてしまったように。

僕は
塔の真ん中の
螺旋階段を
ゆっくりと上る。

手摺りのない螺旋階段は
恐ろしいくらい
脆く
壊れそうな細さだった。

一段上る度、
ピアノの
一音一音が
大きくなっていった。

そして
螺旋階段の頂上に
小さなドアが見えた。

僕は、
ノブに手をかけ
ドアを開ける。

中は
案外広い部屋で、
思った通り
ピアノが一台あり、
今まで誰かが弾いていたかのように
鍵盤が見えていた。

けれど
誰もいない。

開け放たれた長細い窓には
白いレースのカーテンが
ひらひら
風になびいていた。

その窓の傍に
金色の鳥籠が
ぶら下がっている。

鳥籠の中には
同じように
金色の小さな鳥が
こちらを見て
ピピピと鳴いた。

鳥籠の窓が
開いていた。

やはり
誰かが
窓を開けたのだろうか。

金の鳥は
ピピピと鳴き、
その鳥籠の窓から
顔を出し
ピョンと飛び立ち、
塔の窓から飛び去った。

一瞬の出来事だった。


レイじいさんに話すと
やはりそれは、
ピドリの仕業なのだと言う。


次の日も、
その次の日も
塔は見付からず、
僕の描いた塔の絵だけが残った。

僕は
もう一度
ピドリに会いたいと思ったけれど、
きっと
それは叶わないのだろう。


「本当は知っているんじゃないの?
見たこともなくて、
聞いたこともないのに、
ピドリだって分かったんだもの」

「そうかもしれないね。
でも本当は知らないんだ。
本当に見たわけじゃなく
聞いたわけじゃないからね。
でもね、
感じるんだな。
そうじゃろ?」

確かにそうだった。

僕は、
見たのかもしれないし
聞いたのかもしれないけれど、
結局は、
感じたのだと思う。

絵にも描けない
何かを。




To be continued. 


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