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【ほんとの話】出かけるときに娘に言われて言葉を失った朝。

2017年5月。

僕たち3人は一緒に住み始めていた。

去年の11月にコンビを解散した僕はアルバイトをしながら、ピン芸人として活動していた。漫談をしてみたり、一人コントをしてみたり、踊ってみたり、朗読したり。
一言でいえば模索真っ最中だった。
14年間、漫才しかしていなかった僕にとって一人で舞台に立つことにピントが合わないまま、ふがいない気持ちや、くやしさを抱えながら週5でアルバイトの生活をしていた。
アルバイト先は、ずっと軽快な音楽が流れる”激安の殿堂”といわれる買い物する場所。ライブがある日は、シフトを夕方までにしてもらったり。僕の上司は本当に理解のある人だった。
アルバイトをしながら、店内にいる翼があるけど飛べないペンギンのキャラクターを見て、なんだか僕にぴったりだと思っていた。

コンビを解散し、それまでやらせてもらっていた前説やラジオなどはなくなった。事務所も離れた、オーディションもなくなった。芸人からの連絡もほとんどなくなり、ライブに出ても僕に話しかけてくる人はほとんどいなくなった。コンビだった相棒が他人とのコミュニケーションをすべて担ってくれていたから、僕はネタしか書いてこなかったんだとようやく理解した。
アルバイトして、ドトールでネタを書いて、ライブ出て、家に帰って彼女と晩酌をしながらお笑いや歌や映画の話をして。
そんな日々の繰り返した。
35歳になって、アルバイトをして、お笑いの成果も出ていないが、晩酌の時間は楽しかった。僕の中にある焦燥感や孤独を埋めてくれた。
僕もコンビを解散して、奥さんも離婚をしていて、お互いパートナーを失っている共通点があったから、あんなに盛り上がったのだろう。
毎日家に帰るのが楽しかった。
生活の中に5歳の娘はいたが、僕には”彼女のこども”として考えていた。
僕は、これまでの生活があったし、過ごしてきたスタイルを崩していなかった。それを続けながら、一緒にいれば、同じ時間を過ごせば、自然と仲良くなれるものだと思っていた。
今は、稼ぎがなさ過ぎてとてもじゃないが、
いずれ、彼女と”いつか結婚するんだろうな”と思っていた。
ゆっくり馴染んでいくと思っていた。僕もこどもも。
しかし、3人で一緒に暮らし始めて1ヶ月、その変化していく気配はなかった。

ある日の日曜日、
僕はアルバイトのため準備をして玄関へ向かう。靴を履いて、顔を上げると、彼女と娘がいた。
「いってらっしゃい」
と笑顔で手を振ってくれた。キラキラした5歳の笑顔。
日曜日だから、保育園のママ友たちと遊びに行くらしい。
「楽しんでね、じゃあ、いってきます」
そう言って、玄関のドアを開け、右足を踏み出して出かけようとした。
ドアが閉まる寸前のところで娘の声が聞こえる。

「ママ、これでいいんだよね?」

玄関のドアが閉まった。
僕は、頭の中で娘の言葉の意味を考えながら、閉まったドアをしばらく見つめていた。

こうやって、仲良い家族を演じて、パパをお見送りする娘をやったけど、
”これでいいんだよね?”
という意味なのだろう。
ああ、そうか、この数ヶ月もの間、演じてくれていたのか。
小さな体で無理をして笑ってくれていたのか。

わざわざかけつけ、僕に見せてくれたあのキラキラの笑顔を思い出したら泣けてきた。


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