「競争という沼」~欠如しまくった協調性を思い知らされた私のスポーツ人生~
noteのお題があったんで書くことにしました☺
私は「競争」という沼にまんまとはまったお馬鹿です。馬と鹿。
結論から言うとスポーツが私にくれたものは、
「いちか。君には協調性が無い!」と、気づかされた。って感じです(笑)
私は小学生のころ2年間と、高校時代に半年だけバドミントン部に入りました。
まーーーー向いてない向いてない...(笑)
相手のミスが許せないという何とも最悪な人格と化してしまうんです、
コートの中だと。
そんな人間、村八分に合うのは当たり前なわけで、長続きしませんでした。
村八分というか除外ですわね。
小学生のころはまだましな方で、背が高かったので当時の少女バレー倶楽部でアタッカーに任命されましたが、放課後遊びたかったのでやめてしまいました...。
その後チーム編成がどうなったかは知らぬまま...迷惑かけただろうな…
高校のバドミントンでは、太鼓持ちが得意だったので先輩一同には好いてもらいましたけど、
ダブルスを組んでいた子とは、私の性格がひねくれてるものだから仲たがいしてしまいました...。
相手のミスを責めたりしてましたからね...
先輩に媚売って協調性がないチームメイトなんて想像しただけでもバドミントンのラケットでビンタしたくなる…
それが当時の私です(*_*;
とにかく私は相手の気持ちを汲み取ったり考えたりする能力、乏しいんです!!(過去形にしたいけど敢えて現在進行形で。)
だからどこにボールを飛ばせばいいか、どこに動けばいいかわからない上に自分が活躍したいから周りの事はお構いなしで動き回るという、
もはや、変態です。
目立ちたがり屋だから、得点決めたい、褒められたい、
そんなことばかり考えてチームの事は配慮できないという...
やばいやつでした...(笑)
しかも負けず嫌いなんで、仲間がミスすると明らかにキレてました。
改めてほんとやばいやつだ。書いてて怖くなってきた。
学生時代って思い返すと「競争」って多いですよね。
スポーツもだけど勉強もそうだし。
体育祭なんか、競争心煽られまくるし。
そんな私の彼氏は聞くと競争心ゼロだったみたいで小学校時代のかけっこで
「なんで走らされるかわからない」と思っていたそうです。笑える。
負けたくない、勝ちたい!って気持ちが芽生えなかったそうです。
一緒に生活していても感じますが、彼は他者とではなく自分と毎日戦っているんです。
私と全く逆なんですよね。
あの子より強く!この子より上手く!
と、他者にばかり向いていました。
もおおおおおとにかく、勝ちたああああい!負けたくなあああい!って気持ちに支配されてました。
もともと負けん気が強いと身内からは言われてましたが、思い返すとほんと異常。
大人になってからは「競争」の機会は、ぐんと減るので当時よりも性格は少しましにはなった…と思います。
だけど、いまだにインスタとかで活躍している同級生とか見ちゃうと競争心くすぐられたり、その子の粗探ししちゃったり、変態がひょっこり顔出す瞬間があります。
競争で「一番になりたい」「活躍したい」っていう気持ちの裏を返せば
「認められたい」ってことになるんでしょうけど、これって
スポーツに関しては方向が違いますね...。
うちは家庭環境が複雑だったので、子供時代の私の心に
周りの人や大人に「認められたい」という思いが芽生えるのは、まぁ自然なことだったのかなとは思うんですけどね。
幼少期、思春期にこじらせてしまうと修正が結構大変で、今現在30歳過ぎてから必死に自分を叩きなおしているところなんですが、
もうスポーツはしたくないかな…(笑)
ここまで書いてみるとまるでスポーツを否定しているように見えちゃいますが、決してそうではなくて!
私の根底みたいなものをスポーツによって養われるべきだったわけで、
先に私と言うやばいやつが出来上がった後にスポーツをしちゃったもんだから失敗したんだなと。
バレーもバドミントンも続けていたら私の人生と心は変わっていたのかなと思うのです。
でももう体力的に厳しいので、別のもので埋めていこうかなと感じる私のスポーツ人生でした(笑)
以上、スポーツがくれたもの。でした。
いちか
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