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私が本を読めるようになるまで


文字を追うのが好きで、小学生の時は図書室に週に3回は行っていた。
借りられる上限まで借りて、帰宅してすぐ読む。読破したらまた図書室に行って、また借りる。何冊も何冊も、色んな本を読んだ。

でも小学4年生くらいまでは、難しいミステリー小説や、大人の恋愛小説にはまるで興味がなくて、もっぱら『漫画でわかる!世界の偉人伝』とか、『かいけつゾロリ』とか、長編のドラえもんなどの漫画をよく読んでいた。


小学5年生のとき、ようやく長編の小説に手を付けた。
確か、『ハリーポッターと賢者の石』だった。2001年の上映当時、すごく話題になって、友達の誰もが見に行き、クラスの中はその話題でもちきりだったと、2歳上の姉が言っていた。当時6歳だったわたしは、何故かあの世界観が怖くて見に行けなかった。
読んでみると、これが面白い。
小さい頃憧れていた魔法の世界。杖を使って光を灯したり、風を起こしたりできたら、どうなるのかな。テレビも自由に使えちゃったりして。じゃあ見たい番組をいつでも見れちゃうのかな。なんて、よく考えていた。

10歳くらいの私にとって、長い本だったから、漫画のようにスラスラとは読めなかったけど、それでも1週間くらいで読み終わったのを覚えている。魔法の世界に入り込んで、あの分厚い本を持ち歩き、朝学校についてからホームルームが始まるまで読みふけった。先生が来たことに気づかなくて、何度も名前を呼ばれてやっと気づいたこともある。今思うとのめりこむように読んでいて、時間を忘れるほど集中していた。頭の中に世界が広がっていた。


読書は私の趣味だった。

中学生の時はミステリー小説、高校生の時は恋愛小説をよく読んだ。ただ、高校3年生の時にiPhoneを持ってからは、めっきり本からは離れてしまった。頭の中に広がった世界は閉じられ、画面上の情報とSNSの世界にのめりこむようになった。
ただ、これ自体は悪いことだとは思わない。SNSを通じて様々な人の意見が見れたし、ネットリテラシーも学べた。時には痛い思いもしたけれど、今となっては勉強になったと思える。世の中には悪いことを考える人がたくさんいて、ネットを利用した犯罪がこんなにも蔓延っているのだと痛感した。インターネットが普及し、デジタル化した世界を生きていく私たちにとって、この勉強は必要だからだ。


iPhoneを手放さなくなった私だが、3年ほど前からまた紙の本を読み始めている。

慣れない仕事と、職場のいじわるなおじさんに疲れていて、何故かふと紙の本を読みたくなったのだ。
先生が来たことにも、お母さんがご飯ができたよと呼ぶ声にも気づかず、本の世界にのめりこんでいた頃、学校で嫌なことがあっても、本の世界に飛び込めば忘れられたことを思い出した。今でも忘れられるんじゃないかと思って、久しぶりに図書館に行った。

久しぶりの図書館は、ほこりなのか木なのか、独特のにおいがした。オレンジがかった西日が窓際のテーブルを照らし、眩しそうに目をつぶる人もいた。読みたい本はないかと探したが、何分膨大な本の壁が立ちふさがって、どれが自分の気分に合うものかも分からない。
ネットで癒される本などと検索したものの、情報の波が押し寄せて、足をすくわれそうになる。

手早くスクロールを繰り返し、一冊の本が目に止まった。
小川糸著、『ライオンのおやつ』だ。

男手ひとつで育ててくれた父のもとを離れ、ひとりで暮らしていた雫は病と闘っていたが、ある日医師から余命を告げられる。最後の日々を過ごす場所として、瀬戸内の島にあるホスピスを選んだ雫は、穏やかな島の景色の中で本当にしたかったことを考える。ホスピスでは、毎週日曜日、入居者が生きている間にもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、雫は選べずにいた。

ポプラ社 ライオンのおやつ 公式HP より


私はおやつが大好きだ。
おいしいものを美味しく食べることが好きで、おやつの時間のワードに目を惹かれた。疲れている今、ミステリーや恋愛、負の感情を呼び起こしそうな本は読む気になれず、穏やかに読めそうなこの本を選んだ。

当時、まだ文庫化されていなかったので、分厚くて重い単行本を手に取り、重たくなったリュックを背負って帰った。図書館で読んでもよかったけど、一人で落ち着いて読みたかった。


と、張り切って帰ったものの、あの頃のように、すぐに本の世界には飛び込めなかった。集中力がなくなり、iPhoneをいじったり、つらい仕事のことを思い出したりして、時間が経った。心が疲れているとき、集中するというのは本当に難しくて、そんな自分が情けなくて、また気もちが沈んだ。

1日5ページだけ読もうと決めてから、少し心が軽くなった。少なくとも、本が読めなくて情けないと考えることはなくなった。5ページだけならなんとか読めたし、目標が達成できないと自分を責めることがないからだ。
この1日5ページ作戦が功を奏して、私は徐々に読み続けられるようになっていった。


『ライオンのおやつ』は余命僅かの女性がホスピスに入り、後悔のない余生を送るため、やりたいことを考え過ごしていく日々を書いた物語。迫る死を受け止めながらも、ホスピス内で人々が亡くなっていく様を目の当たりにして、言いようのない寂しさや悔しさを抱えていく主人公の雫を見ていくうちに、だんだんと世界に飲まれていった。
悲しい気もちにはなったのに、穏やかで綺麗な文章を読んでいると、不思議と文字通り心が洗われていくようだった。

没頭していた頃よりもすごく時間がかかったけど、本を読み切れたことへの達成感があったし、少しでも世界に浸かることができて、ほっとしたのを覚えている。


私は今、月に1冊くらいのペースで読書を続けている。

仕事も家事もあるし、ドラマもYouTubeも見たいし、ゲームもしたい。子どもの時ほど、本だけに夢中にはならない。それでも本が好きだから、自然と手に取っている。

手に取るようになったのは、iPhoneだ。紙の本じゃなくて、電子本をもっぱら読んでいる。
今や生活の一部になったiPhoneでAmazonのKindleUnlimitedに加入し、スキマ時間を使って読み進めている。
小説だけじゃなくて漫画、エッセイ本、最近はレシピ本も読んでいる。美味しい料理を見ているだけで癒されるし、自分に出来そうなレシピを見つけると、わくわくする。


意地悪なおじさんに滅入って、毎日泣いていた私が、一冊の本をきっかけにして、少しずつやれることを探していった。あの時の私は、自分でも認められるくらい、すごく頑張ったと思う。

今でも辛くなることもあるし、読む気にならない時だってある。それでも、1日5ページが読めるようになれたら、私はきっと大丈夫だ。




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