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狐につままれたような話

カメラのワークショップに参加するため、車で片道2時間ほどかかる美術館へ出かけた。その帰りにもう1軒、別の美術館もハシゴし、美術館の近くにあるお気に入りの古書店にも立ち寄った。

朝から快晴で、日差しがとても暑い1日だった。日中の車内は、冷房を効かせないと熱中症になってしまう。それほど、良い天気だった。古書店で本を物色中、空がゴロゴロと鳴り出した。おや、と思ったけれど、朝確認してきた天気予報は晴れのち曇りといっていたので、気にせずに本を選んでいた。

そういえば、駐車場に車を停めてからそろそろ2時間になる。1時間100円の駐車場までは店から歩いて5分ほど。いま戻れば、駐車料金は200円に収まる。入口近くに積み重ねてあった谷崎潤一郎の『文章讀本』を手に入れ、ほくほくとした気分で店を出た。

空がどんよりと曇ってきた。雷の音も大きくなっている気がする。駐車場に到着し一息ついて、さぁ車を出そうとしたところで、ポツポツと雨が降り出した。雨足は次第に強くなり、突然、台風並みの雨風となった。

あまりのことに呆然とした。2m先が見えないくらいの大雨は、ワイパーを最大に振っても役に立たないほどの激しさだった。まるで、洗車機の中を走っているようだった。間一髪だった。店を出るのがあと5分遅ければ、全身びしょ濡れになっていただろう。そのことに、ただただ感謝する。

急に暗くなった空と視界を遮る大雨の中を無事に走るため、昼間だというのにライトを点灯しなければならなかった。こんな大雨の中を運転するのは初めてのことだった。家までは約1時間。やれやれ、と思いながら、スピードを落として運転する。家にたどり着いても、このままでは車から降りられないだろう。

あ、洗濯物を干してきたのだった。さっきまでの太陽の熱ですっかり乾いていたはずなのに、また明日、洗濯し直さなきゃいけない。そんなことを考えながら運転した。

家まであと5分くらいの場所で、雨がぴたりと止んだ。さっきまでの大雨が嘘のように。これで、濡れずに車から降りることができる。今日はなんてついているんだろう、と嬉しくなる。

2分ほど走ったところで、違和感を覚えた。あれ、なにかがおかしい。「そういえば、地面が濡れていない」。ついさっきまで土砂降りの雨だったというのに。ちょうどここが、晴れと雨の境目だったというのだろうか。信じられない気持ちで運転を続けた。

帰宅すると、物干し竿に干されたままの洗濯物は、からりと乾いていた。刈らなければと思いつつ放置していた雑草にも、水滴はついていない。私は白昼夢でも見ていたのだろうか。ふと後ろを見やると、私を家まで運んでくれた車は、先ほどの雨の洗礼を受けてまだ水を滴らせている。

私は狐につままれたような気になりながらも、私自身がまったく雨に濡れずに済んだこと、洗濯物がすっかり乾いていたことを、ただただ喜んだ。