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元上司のFさん

先日、昔働いていた会社でお世話になった上司のFさん(女性)がうちへ遊びに来た。私たちは東京のとある外資系企業(スウェーデンに本社がある)で出会った。会社員として働くのはまだ2社めというペーペーだった私は、ExcelやWordなどのパソコンソフトをうまく使いこなすことができないものの、英語を活かせる仕事がしたくて、その会社の営業事務職に応募した。

面接では正直に、それほどパソコンに詳しくないことを告げたものの、その場ですぐに採用が決まってびっくりした。社内はゆったりとしたスペースがあり、事務職員には一人ひとりゆったりとしたパーティション付きのデスクが与えられた。椅子も大きく座り心地が良いもので、インテリアにこだわっているところは北欧の会社らしいと思った。

Fさんはとてもエネルギッシュな人で、話すスピードもとても速い。毎日終電頃まで残業し、休みの日には旅行やダイビング、習い事のバレエなどで、文字通り休む間もなく動き回っているような人だ。会社の人たちもみんな「Fさん(上司)は本当に元気だよね」と言っていた。プライベートではきっと、出会うことがないだろうと思うタイプの女性だった。

その会社では、1人だけペースの違う私をみんながかわいがってくれたように思う。あまりにも仕事ができない私に心底呆れながらも、誰かがいつも手を差し伸べてくれていた。とても居心地の良い会社だった。

数年働いたあと、その会社が大手のアメリカの企業に吸収され、私たちは吸収先の新しい会社へと一緒に移った。会社員はどこか合わないとずっと感じていた私は、会社を移ってから2年も経たないうちに退職し、地元の九州へと引っ越した。

会社を辞めてから10年もの間、Fさんや会社の先輩たちとはおりにふれ、連絡を取り合っていた。数年に一度、私が東京に行く際には連絡して飲みに行く。今年の4月に私が東京に行ったときには、私が大怪我をしたあと初めての遠出だったこともあり、事情や経過を知っていたFさんは会うなり「ここまで回復できてよかったね」と言い、ポロポロと涙をこぼした。情に厚いところは昔から変わっていない。

そして今回、Fさんが私の家へ泊まりにきた。いくら気心の知れた上司とはいえ、自宅に泊めるのは食事や飲みにいくのとはわけが違う。だけど、3日間はあっという間に過ぎた。

日頃、人とずっと一緒にいるのは気疲れするタイプなのに、彼女とは家族のように気安く過ごせたことに驚いた。とにかく話が止まらない彼女との会話に少し疲れたら軽く流し、適度にバランスを取る。でも、それもまったく嫌な感じはしない。

2日目の夜、Fさんからも同じようなことを言われた。「私こう見えて、とても気を遣うタイプなの。いつもだったら友人の家には泊まらず、ホテルに泊まりたいくらい。でも、あなたとは気を遣わずゆったりとした時間を共有できて、こんな人もいるのだとびっくりした」。その言葉がとても嬉しかった。

最終日には彼女を駅まで送る前に車のタイヤがパンクし、近所の整備工場で急遽、修理しなければならなくなった。代車を借りて新幹線発車の5分前に駅に到着するというハプニングがあったものの、「これも良い思い出になった」と、おもしろがっているFさん。おかしかったのは、私の車だというのに話好きの彼女が整備の人にすべて説明してくれ、私はただ後ろで黙ってそれを眺めていたこと。

人との縁はどう始まって、どう繋がっていくのか、わからないものだ。