守備シフト論
先日ヤフーニュースでチラッと井端弘和氏の記事を拝見しました。内容は、メジャーリーグでよく見られる守備シフトは果たして効果的なのか?というものでした。その問いに対する井端氏の見解は否定的なもので、「捕れる打球を確実にアウトにする」という哲学を持っている井端氏らしいな、という感想を持ちました。リンクも貼っておきます。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200330-00000003-baseballo-base
弊学も公式戦においては少なからずシフトを採用していることですし、今回は自分なりのシフト論を語っていこうと思います。
シフトを敷く上で必要な「割り切り」
まず、シフトを語る上での前提条件として、定位置もシフトの1つであることを理解しなければなりません。広大なフィールドを9人でしか守れないわけですから、ヒットゾーンを全て消すことは不可能です。その条件の中で、定位置と呼ばれるシフトこそがおそらく均等にヒットゾーンを消せる陣形なのだと思われます。現に内野手間のスペースはほぼ一定ですし、長打になりやすい1塁線、3塁線、左中間、右中間に内野手が配備されていて長打コースも程よく消せている形です(頭を抜かれたり打球速度が速い場合は別です)。
そんな定位置というシフトを崩してまで他のシフトを敷くわけですから、当然ヒットゾーンは均等ではなくなり、当然「定位置だったら…」と思う打球も出る可能性はあります。しかし、だからこそ、シフトを敷くからには「割り切り」をし、チーム全体で徹底して行わなければならないと考えています。ちょっと余談に入ります。
―これは個人的なお話なのですが、私はシフトで大学野球を終えたという過去があります。その最後の試合で私はレフトを守っていました。打席には左のプルヒッター、投手の球速もそこまで速くありませんでした。私は「恐らく振り遅れてのレフト線はないだろう、打球が来るなら引っ張りきれなかった外寄りの球を左中間に打ってくるだろう」と考え、センター側、左中間に大きく寄っていました。そこで投手が投じたのは外いっぱいのストレート、大きく空いたレフト線上のフライが上がりました。おそらく定位置だったら余裕を持って追いつけていました。しかし私は逆方向に寄っていたため、あと一歩まで迫ったものの捕ることが出来ませんでした。その直後に私は交代を命じられ、その後の試合でも出場機会を得られず、結果的にそのプレーが私の大学野球ラストプレーでした。
はい、本筋に戻ります。現在指導する側になって感じることは、「そんな感じで交代させてたら選手は絶対にシフトなんか敷かないな」ということです。そのシフトが不服だったなら選手任せにせず、チームとしての指示を徹底すべきだったし、選手に任せるのなら、グラウンドにいる選手の判断を信じ、リスクがあることを割り切った上で指導者含むチーム全体で背負い込む、そういった姿勢が不可欠でしょう。意思統一、徹底の出来ていない守備シフトはリスクばかり負うだけで享受できるメリットは少ないはずです。そして「割り切り」をするためにはやはり根拠が重要ですから、そこで「データ」やその日の調子、投手との相性という要素を考慮する必要が出てくるのです。
プロ野球におけるシフトの効果
守備シフトの効果は、「ヒット」を消す云々の他にも長丁場のシーズンだからこそ起きる効果があるとにらんでいます。それは、シフトによって相手のスイングを崩せる可能性があることです。仮のケースとして、左打者の強打者、プルヒッターを想定しましょう。ランナーなしです。となると、極端にやればこんなシフトが敷けますよね?
こうなると3塁側のヒットゾーンは格段に広がりますね。この画像を見て、「え、3塁側に打てばヒット確定やん、アホなん?」と思う方も多数いると思いますが、恐らくそれが落とし穴なんです。
このようなシフトを敷くということは、この打者は1塁側への打球が極端に多い、というデータが出ているはず。つまり、「普通に打って1塁側に飛んでいく」というフォームがその打者の中で出来上がっているのです。その体に染みついたフォームを無理やり変えてまで3塁側に打つのは至難の業。加えて投手は140キロ以上のボールを投げてくるので、速球に対応+フォームを無理やり変えるという二重の困難がそこに立ちはだかるのです。
仮に上手く対応できてがら空きのゾーンに打球を飛ばし、ヒットになったとしましょう。しかし今度は、違うフォームで無理やり打ったことによるフォームの崩れが起きる可能性も生じます。そうなるとフォーム修正に時間を要し、その間打てるはずだったヒットが打てなくなるかもしれません。目先の1本のヒットを欲張ったばかりに、まんまと術中にはまりその後の何十本ものヒットがなくなってしまう。打者をそういった罠にはめることが出来る可能性も守備シフトには秘められているのです。
守備側に生じるシフトの罠①前進守備
メリットばかりではアレなので、守備側がはまりやすいと考えられるシフトの罠を考えましょう。まずは前進守備について。ランナーが3塁にいて、かつ生還を許したくない場合に前進守備はよく敷かれます。しかしこれはヒットゾーンを大きく広げる割に、ランナーの生還を防げる打球はそこまで多くないというリスクが大きいシフトと言えます。そしてこのシフトの一番のデメリットは、1点を恐れるあまり大量得点の契機を相手に与えかねないということです。序盤0-0、2回あたりの1アウト三塁、打者1番を想定してみましょう。ここで前進守備を敷くと、定位置だったらアウトを取れていたものがヒットになり、1アウト1塁で上位打線に回る、という状況が想定できてしまいます。もちろん終盤の緊迫した場面なら勝負に出ることも必要ですが、ランナー3塁=前進守備という固定的な思考はかえって総失点を増やしてしまうリスクも潜んでいます。この1点は最悪捨てても構わないのか、リスクを負ってでも死守するべきなのかというチームの大局観が問われるのが、この前進守備というシフトでしょう。
守備側に生じるシフトの罠②ゲッツーシフト
次はゲッツーシフトについてです。ゲッツーシフトは極端に野手がよることもなく、上手くすればゲッツーで2つのアウトが取れる、便利なシフトであるという考えが定着していることと思います。イニング、点差を問わずランナー1塁ならばゲッツーシフト、というチームも多いでしょう。しかし思い出していただきたいのは、定位置こそ最もバランスのとれたシフトであり、ゲッツーシフトは万能ではないということです。
ゲッツーシフトの簡易図です。数字のついた○が定位置で、ゲッツーシフトの場合はファースト、セカンド、ショートがおよそ黒い点の位置に守備位置を取ります。見れば一目瞭然ですが、ヒットゾーンが広がっていますよね?三遊間はもちろん、一二塁間はファーストもベースにつくため更にゾーンが広がります。こうなると取れたはずのアウトが外野に抜けてしまい、ピンチ拡大→大量失点なんてことも可能性が出てくるわけです。
結局ゲッツーシフトも思考停止はダメだよ、という結論に帰着するわけですが、例えば終盤8回、3~4点リードの1アウト1塁という状況では、ゲッツーシフトを取るべきなのでしょうか?そのチームのリリーフの層等にもよると思いますが、その状況なら「1点はやっていいからアウトを増やそう」という思考でいいはず。「多少リスクを負ってでもここは2つアウトが欲しい」のか、「このランナーは帰してもいいからアウトカウントを稼ごう」なのか。状況を確認してきっちりと選択していく必要があると思います。もちろん盗塁ケアは必要ですけどね。
学生野球においてプロばりのシフトは有効なのか?
一通り論じたわけですが、最後に学生野球において極端なプロのような守備シフトは有効なのか、私の見解を述べようと思います。
結論からいうと、カテゴリーが上がるほど有効になる可能性が上がるのではないかと思います。
プロ野球においてはヒットになっていたはずの打球がアウトに出来たり、相手の打撃を崩せるというメリットも長丁場のペナントレースにおいて十分に享受できるかと思います。また、大学野球においてもリーグ戦というシステムによって同じ相手と複数回対戦することもざらであること、投手、打者のレベルもある程度洗練されてくることが考えられます。よって、シフトを敷く根拠足りえるデータが収集しやすくなるのではないでしょうか。
高校野球以下のカテゴリは逆に一発勝負のトーナメントが多く、また得られるデータにもバラつきが比較的出やすいことから、デメリットを被る場合が多くなると感じています。例えば、ある左打者に関して「前の試合でライト方向に3本ヒットを打っている」という情報があったとしましょう。そしてその試合で投げていた投手がせいぜい110キロくらいのアンダースローで、自チームの投手がMAX140キロの本格派だとしても、果たしてライト方向を警戒したシフトを初めから敷くべきなのでしょうか?答えは否でしょう。このように得られる情報があっても、シフトを敷く裏付けには少し弱いものが多いかなと思います。
また、一発勝負という形式から考えると、傾向とは逆の結果が出てしまった時(シフトが失敗した)時のデメリットの大きさは計り知れません。その1回の失敗で敗退、ということもあり得るわけですから。データはあくまで傾向なので、逆の目が出るリスクを考えると、一発勝負の場合はあまり極端なシフトは採用しないほうがベター、という結論に至るのではないでしょうか。
終わりに
今回はシフトについて語りましたが、最も重要な思考は、シフトは絶対ダメorシフトはガンガンやれの0か100かの思考ではなく、「メリットやデメリットをしっかり理解した上で、状況により適していると思われる守備シフトを採る」という知識と感覚のハイブリッド思考です。もちろんチームの攻撃力、守備力によってチーム毎の判断は異なるでしょう。野球観戦に行っている場合もシフトに注目すれば、チーム、監督の思惑が少しくらいは読めて面白くなるかもしれませんね。
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