深夜のファミレスには青春があるらしい

三ツ矢サイダー、ソフトクリーム、コーンフレーク、ブラックコーヒー、真っ赤なさくらんぼ。

昔のファミレスに輝いていた者たちは、みんな「レトロ」な香りがする。

古めかしいのに、透明感があって、一息に呑みくだせてしまいそうな、そんな香り。わたしは平成生まれなので「昭和」らしさが流行だった時代を知らないけれど、そういう者たちが若者の心を踊らせたのは、なんとなく理解できる。

可愛らしいウェイトレスさんが運んでくるグラスの中には、きっと誰かとの思い出が詰まっていたのだ。




二十代も後半に差し掛かり、学生時代に通っていたファミレスを訪れる機会が減った。

少しでも安いものを頼んで夜まで時間をつぶすなんて暇がなくなったのと、小美麗でちょっぴり背伸びしたお店にすんなり入れるようになったせいなんだろう。

だけれど時折無性にサイゼリアのミラノ風ドリアが食べたくなることがあって、友人を誘って訪れる。大抵は深夜帯の、ネオンライトが街明かりを上回る穏やかな時間。

思いの外来客の多いらしい深夜のファミレスは、店員さんが忙しく動き回っていてわたしたちの訪れに気がつくまでには少々時間がかかる。昔は禁煙席化喫煙席か選べたものだけど、今はどこも愛煙家には辛いスペースばかりになってしまって、店員さんにも来店人数しか聞かれなくなった。

四人がけのテーブルに二人がけで贅沢に座るのが好きだ。硬いソファに背中を預け、後ろにある本物らしくないグリーンに触らないように気をつけながらのリラックスタイム。学生だったら決まってドリンクバーを注文し、クラダない話題を選んで喋っていただろう。

お腹が空いていたわたしたちはそれぞれに好きなメニューを注文し、いち早く出てきた小エビのサラダを分け合って食べる。昔は当たり前に食べていたけど、サイゼのドレッシングってここでしか食べられない味な気がする。

斜め前と二つ先の先客の話し声が聞こえてくる。一組は友達の話題で、もう一組は恋愛の話題だった。片方は途中で一人合流して三人になり、会話が聞こえづらくなったので自然と恋バナに花を咲かせるもう一組に耳がいく。

比較的若そうな声、と思ったけれど、よくよく見てみたら一回りくらいは年上の男性と女性の組み合わせ。あら、声だけを聞いていたら同い年くらいか、何なら年下かなと思っていたのだけど。

だけど飛び飛びに聞こえてくる単語の中に「離婚」とか「手続きが」とか、学生にはまだちょっと縁の遠そうなものが多々混ざっている。だけれど声は相変わらず、若いまま。

まわりを見渡すと、そんな先客がちらほら見えた。深夜のファミレスは若い子の隠れ家だと思っていたけど、そんなことないのね。そう思いながら運ばれてきたミラノ風ドリアを頬ばったけれど、それはちょっとだけ違うらしい。

「『ファンが歳をとらないバンド』って、時々あるじゃない。BUMP OF CHICKENとかRADWIMPSとか。だけど深夜のファミレスは違うのよ。今の若い子は親にバレずに電話がかけられるし、美味しくもないアイスティーと一緒に待ちぼうけを食らうこともないんだから」

ちょうど一回り年上の、会社の先輩が言っていた。

あぁ、そりゃそうだ。時代は変わってしまうのだ。頭の中に描いていた像は日に日に細部を変えていくし、当たり前は案外当たり前じゃない。

若者の逢瀬の受け皿だった深夜のファミレスは、その役割を徐々に狭めつつあるんだろう。便利な時代が殺すものもある、そういうことなんだ。

だけれど一斉を風靡した歌手とファンが泡のように消えてしまうわけではなく、ほそぼそと緩やかに持続していく。誰かの青い春を抱えたまま、ずっとそこにあり続けるのだ。

深夜のファミレスは、いつまでもいつまでも変わらない。十年経っても二十年経っても、あの日友達と笑いあった古臭いソファ、恋人とと手を重ねた傷だらけのテーブル。

そういえば、教え諭すように話す先輩の声にも、わたしの知らない「若さ」があった。




「レトロ」の香りは、誰かの青春を抱えてる。

クリームソーダ、ホットサンド、カスタードクリーム、ミックスジュース、パインのシロップ漬け。

これから十年後、わたしの青春は何になっているだろう。どこになっているだろう。

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