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植物さん達に病害虫や雑草が襲い掛かる季節になりましたがどう対策すれば良いのでしょうか。

暖かくなってきて、いよいよ可愛い植物さん達にあの忌々しい害虫がとりつく季節になってきました。私も先日、今年初めて芋虫(小)を駆除して、「ああ、とうとう今年も園芸シーズンが始まったんだな」と実感しました。

園芸シーズン、とは温暖な気温と輝く日光と命の雨に恵まれ、草花が最も活発になる美しい生命の季節です。そして、それは同時に害虫にとっても、ついでに雑草にとっても病原菌やウイルスにとっても、過ごしやすく餌が豊富で最も魅力的な季節でもある訳です。ですから、イメージに反して園芸シーズンとはすなわち害虫と雑草と病気との熾烈な闘いの季節でもあるのです。

病害虫や雑草への対処方法は様々に語られています。農薬で一網打尽にすべしという主張と、生態系の一部として虫も草も全てを受け入れるべしと言う主張を両極として、その間のどこかに位置する、極力薬剤は減らすべきだがゼロにはしなくて良いとか、化学薬品は排除すべきだが自然由来の薬剤なら使っても良いとか、薬剤に頼るのではなく天敵やコンパニオンプランツといった生態系内の生物同士の関係や相互作用を活用すべしとか、それはそれはバリエーション豊かな主張がグラデーションのように並んでいます。

これはある意味、園芸をやりたいと思っている人が自分にとって最もしっくりくる方法を選択しやすい状況とも言えます。

ですので、一番納得できるやり方を実践してもらえば良いのですが、結局のところ全てを手にできる完璧な選択肢はないでしょう。何かを選べば、別の何かが犠牲になるのは世の常です。園芸も例外ではありません。

私は、薬剤は使わず可能な範囲で人力で対処しつつ、生態系の相互作用に期待するというやり方をしています。

人力での対処とは、早期発見・早期対応に尽きます。雑草も小さいうちなら抜きやすいですし、病害虫も被害が広がる前の初期段階で察知すれば一部の犠牲で済みます。早ければ早いほど必要な労力が最小で済むので、作業が楽です。被害が広がった後だと多大な労力を要したり、手に負えず全てを諦めることになったりしますので、とにかく早く察知するということが何にもまして重要です。

一方、生態系の相互作用に期待、というのは前述したように自然界の天敵、例えばアブラムシを捕食するてんとう虫、芋虫を捕食する蜂や鳥を積極的に庭に呼び込み歓迎するというやり方です。このためには様々な種類の植物が庭にいて、様々な昆虫類が庭にきてくれることで庭を生物多様性の小さなホットスポットに成長していることが重要です。


ただ、これはすぐにはできないことです。様々な植物を今日植え付けたところで、多様性を持った生態系がたちどころに庭に出現するわけではありません。私の庭も、最初は毛虫しか発生せず何を植えても餌食にされましたが、徐々に益虫が増え害虫が減り、トカゲが住み着き、鳥が訪ねて来てくれ、カエルも永住を決めてくれました。そしてそうした変化が進むにつれて害虫駆除に費やす時間も労力も目に見えて減っていきました。そのような庭の生態系の変化は、数年単位で少しずつ進んでいくものですので、先ほどの人力での対処とは反対に、辛抱強く待つことが重要です。

面白いことに、雑草も最初はごく限られたいくつかの種しか生えてきませんでした。それが年を経るにつれて雑草の種類も増え、そのおかげで集まってくる昆虫類も増えていったように思います。つまり、雑草も全てを敵視するのではなく一定程度許容することで庭の生物多様性の向上に資すると思われます。ですので私は雑草類の根絶は目指さず、あくまで栽培種の脅威となっている部分のみを除去する程度にとどめています。もし今雑草を全て除去してしまったら、行き場を失った昆虫達は間違いなく栽培種へと殺到し食いあらされ庭が壊滅するでしょう。庭の生物量と多様性を確保するためにも、雑草は必要だと思っています。

もちろん、私のやり方でも完璧ではありません。雑草は放っておけば旺盛な繁殖力と成長力で、あっという間に栽培種を圧倒しますし、病害虫もゼロにはなりません。だから絶え間なく植物さん達の様子を観察し、病害虫が発生していないか、雑草に負けていないかを確認し、保護する必要があるのです。

さて、そんな風な植物さん達との付き合いを続けていると、一つの特技が身につきました。それは害虫を察知する能力です。害虫が付いている植物を見ると直感的に分かるのです。その植物にはあるはずのない形や色や模様、それから動きが、離れていても目に入ってきて「これはおかしい」と感じ取れます。あとは植物の食害や害虫の落とした糞なども違和感として直感的に察知できます。

これは実に便利な能力で、私自身とても重宝していますが、害虫の擬態能力の優秀さに舌を巻くことも多いです。見慣れていない人にはきっと植物の一部にしか見えないだろうなとよく思います。私も直感的には何かがおかしいとは思いながらも、どこがおかしいのか、言い換えるとどこに害虫が潜んでいるのかがすぐにはわからず困惑することもよくあります。本当に昆虫はすごいと思います。

ですので、全ての害虫を駆除できるとは思っていませんし、そうしなくても良いと思っています。少なくとも害虫の落とした糞が土壌に栄養を与えてくれるだろうと気楽に考えるようにしています。共に暮らす植物さん達は守ってあげたいですが、彼らも自然の一部であり自然によって生かされている以上は、その恩恵のいくらかは自然界の生き物達にも還元されなければならないと思うのです。ただ、雑草が残っているおかげで害虫の標的も分散されているという点は忘れてはいけません。全てはバランスということになります。

また、蝶は美しく庭を舞い楽しませてくれる益虫でもあり、同時にその幼虫は葉を食らう害虫でもあります。全く蝶が来てくれない庭よりは蝶が来てくれる庭の方が、より美しいのは確かですが、そのためには幾らかの食材を彼らに提供しなければなりません。生贄みたいですが、本当にそうです。蝶に来てもらうためには生贄を差し出すことが必要なのです。人間と自然、生き物の関係は複雑だということです。とするなら、害虫を全部駆除することに血眼を上げるよりは、無理をせずできる範囲で、植物さん達をそこそこ守れる程度にお手入れしてあげるのがちょうど良いのではないでしょうか。

ということで、今回は取り止めもない話でしたが、雑草と害虫との付き合い方の話でした。特にこのやり方がベストだということを言ったのではありませんが、もし参考になれば取り入れてみてください。自然のバランスの巧みさや生き物達の高度な能力と繊細な関係性への驚き、庭の生態系が豊かになっていく喜びを味わうことができます。これがガーデニングの楽しみであり幸せだと実感できます。

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