メニエール病との闘い

私がメニエール病と診断されたのは、2018年の夏のことでした。

メニエール病とは、
眩暈、吐き気、低音難聴、耳閉塞感、耳鳴り、聴覚過敏など、
さまざまな症状を引き起こす耳の病気です。
ひどければ、失聴することもあります。
症状には個人差はありますが、私は日常生活を送ることさえ難しいことがあります。

未だはっきりとしたことはわかっておらず、
2015年に難病指定を外されてしまったという経緯を持った病気でもあります。

メニエール病が発症する1年前から起き上がれないほどのひどい眩暈に悩まされ、2軒の耳鼻咽喉科にかかったのですが、
1軒目では眩暈の原因はストレスと診断され、
2軒目では内耳の炎症だろう（見て判断することは不可）という診断でした。
2軒目に関しては、メニエール病の特徴である低音難聴があったのにも関わらず、
治療では特に何もすることが出来ないと言われ、眩暈体操のコピーを渡されただけでした。

そうこうしているうちに、悪化していったのでしょう。

ある日、目が覚めると、音は全て水の中にいるように聞こえ、
ひどい眩暈で起き上がることもままなりませんでした。
１人暮らしなので起き上がることが出来なければ、病院へ行くことも出来ません。
取り敢えず、私は自分に何が起きているのか把握しようと、症状についてスマホで検索しました。

そこに書かれていたのは『メニエール病』という聞いたことのある病名でした。

眩暈について不安が大きかった私は、
たまたま数週間前に喘息の主治医に良い耳鼻咽喉科の医師がいないか聞いており、
金曜日の医師が良いと言われたことを思い出しました。
この日は木曜日だったので、翌日まで診察してもらうのを待つことにしたのです。

翌日、心配した母が病院に付き添ってくれて、診察を受けました。
聴力検査など馴染みのある検査から、そんな検査があったのか……、
と思うような検査までいくつもの検査をしました。

左耳に低音難聴がはっきりと出ており、メニエール病だろうという診断でした。
ここから2ヶ月くらいをかけて、何度も検査を繰り返し、
最終的に正式にメニエール病の診断が下されました。

この間もイソバイドという液体のすごくまずい薬を出され、飲んでいました。
また、聴覚過敏の症状がかなりひどく、性能の良い耳栓を購入し、
耳栓を手放せない生活が始まりました。
どのくらいの聴覚過敏かというと、
換気扇の音や掃除機の音だけで気が狂いそうになるほど、
耳が痛くなるような程度です。

外出するときも耳栓は手放せず、スーパーに行くのも憂鬱でした。
泣き叫ぶ子どもがいれば、それだけで耳が痛くなり、その場に留まれなくなってしまうからです。
低音は聞こえづらいのに、高音をやけに拾ってしまい、日常生活を送るのがひどくつらくなりました。

眩暈は頻発するので自然と横になっている時間も増えました。
幸いにも、私は物書きなので、家で仕事をしていますし、
好きなときに休むことが出来ます。
ただ締切は常にあるので、座って仕事が出来ないときは、
横になったまま、休み休みスマホで原稿を書いていました。

ちょうどこの頃はスポーツ新聞でコラムの連載を持っており、
毎日が闘いでした。
週刊連載のため、毎週決まった曜日に締切がきます。
病気で書けないという言い訳は使いたくなかったので、
今まで以上に前もって原稿を書くようになりました。

投薬を続け、聴力は思いの外、元に戻りました。
ですが、眩暈が落ち着くこともなく、日々をやり過ごすような気持ちで過ごしていました。
友人や同業の先輩と食事に行くこともありましたが、事情を説明し、
右側から話しかけてもらうなどのお願いもしました。
それでも、極端に外出は減りました。
もし、倒れたらと思うと怖かったのです。
眩暈は私の都合などお構いなしに襲ってきます。
運が良ければ眩暈は軽くて済みますが、必ずしもそうであるとは限りません。

主治医からは、メニエール病には散歩をすると良いと勧められたのですが、
朝から眩暈が起きることが多いので、やはり怖くて散歩をすることすら億劫になってしまっていました。

通院が始まってから1年半が経った頃、主治医が別の病院へ移ってしまいました。
一度、その病院へ行ったのですが、距離の問題もあり、
元々の病院の別の医師に診てもらうことにしました。
ちょうど世の中はコロナ禍で一度薬を電話処方をしてもらったことがあったからです。
しかし、その判断が間違いでした。
薬の処方のみを希望したのですが、診察を受けなければならないと言われ、
検査を受けてから診察をしてもらうことになりました。
私が薬のみを希望したのは、治らない病気であること、
薬は飲み続けなければならないことからでした。

すると、驚いたことにその医師は

「本当にメニエール病なの？
頭がおかしいだけじゃないの？」

と驚くべき発言をしたのです。
その病院でメニエール病と診断され、今までのカルテもあります。
なんなら、その医師が以前電話で処方もしています。
医師は今までのカルテすらまともに見ずに、再び他の病気を疑う発言をしました。

悔しさを抱えながら、私は別の病院を探すことにしました。
そこで近所でダメだった2軒を除いて、検査設備が整っている病院を探したところ、
1軒の病院を見つけました。
ですが、病気を見落とされたり、暴言を吐かれたりということがあったので、
新しい病院に行くのはなかなか気が進みませんでした。

この頃には、耳鳴りが悪化しており、ずっと小さな虫の音が複数鳴っている状態でした。
耳鳴りは非常にうるさく、神経を逆なでるものでした。
本を読むことも長文を書くことも出来なくなってしまったのです。
物書きとしては、一大事です。
資料を読むことも、小説を書くことも出来なくなっていたのですから。

耳鳴りがひどくなり、手元にある薬は減ってきています。
どうしようかなと思っていると、
たまたま行こうか悩んでいた耳鼻咽喉科の近くに買い物に行くことがあり、
ふらっと立ち寄ってみました。
このときは、診てもらえるかだけ聞いてみよう、と不思議と思えたのです。
受付で事情を説明すると、診てもらえるということになり、
そのまま、診察を受けました。

検査の結果、やはりメニエール病特有の眩暈や難聴が見られました。
私もこのとき初めて知ったのですが、脳梗塞で起きる眩暈とメニエール病で起きる眩暈は異なるそうです。
医師は図を用いて、丁寧に説明してくれました。

今までの経緯を全て医師に話し、治療方針が決まりました。
最初の主治医は現状維持をしていこうとする治療方針でしたが、
新しい主治医は症状を全て抑えようとしてくれる治療方針でした。
眩暈を抑える薬も追加されました。
また、一番つらかった耳鳴りの治療方法として、
「試してみないとわからないのですが……」と前置きをした上で、
耳鳴りを治めるための新たな薬を処方してくれました。

幸運なことに、この薬が私の症状にはぴったりと合い、
耳鳴りは次第に治まっていきました。
勿論、完全に耳鳴りがしないわけではありません。
眩暈だってするし、最近も3日間ほぼ起き上がれず、寝たきりで過ごしたこともあります。

ですが、今の私はメニエール病になる前と同じように
資料を読んだり、小説を書いたりすることが出来るようになったのです。

本当はずっと書きたかった小説のプロットをやっと完成させられるところまで来ました。
資料も読めて、小説が書けるようになる日はもう来ないのかもしれないと思っていた、
絶望していた日々がまるで嘘のようです。

これから書きたいものが書ける。
今まで書けなかった分、たくさん書くことが出来る。
そう思うだけでウキウキします。
やっと私の心にもエンジンがかかるときがやってきたのです。

これからもメニエール病との闘いは続きます。
それでも、私はこの病に負けず、この病とともに生きながら、
エンジンを止めずに物書きとして生き続けていくのです。