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メディア報道が誤・偽情報についての誤った認識を刷り込み、メディアビジネスの利益につながったというケンブリッジ大学刊行レポート

2024年5月28日にケンブリッジ大学で刊行された「How News Coverage of Misinformation Shapes Perceptions and Trust」http://dx.doi.org/10.1017/9781009488815 )は、もしかしたら一部の人にはショッキングな内容を含んでいるかもしれない。


「フェイクニュース」は平均してアメリカ人のメディア摂取量のわずか約0.15%を占めているにすぎないと推定されているが、誤・偽情報を見たことのない人でも、その問題に関するメディア報道を見たことがある可能性が高いため、誤・偽情報がきわめて深刻な問題と認識している可能性が高い。
このレポートは、メディアの誤・偽情報取り上げ方と、それが人々の認識に与える影響の2つを調査したものである。

●概要

・全体の要旨

ほとんどのメディア報道が誤・偽情報をSNSのせいにしていることが明確に示された。
誤・偽情報のニュース報道は人々のSNS上のニュースに対する信頼を低下させ、既存のニュースへの信頼を高めることがわかった。この効果は誤・偽情報に関するニュースが従来のジャーナリズム規範の価値への認識を高めるために発生する。
誤・偽情報報道は政治的信頼や国内に測定可能な影響を及ぼさず、政治的関心は党派を超えた誤・偽情報のニュース報道への関心に強く関連していた。これらの結果は、多くのアメリカ人が、情報環境を歪める恐れのある変化に対する防壁として従来のメディアを見ていることを示唆している。
こうした状況は、誤・偽情報を過剰に取り上げることがメディアのビジネス上の利益につながることを意味している。

以下、少しくわしく内容を紹介。
このレポートでは4つの調査を行っている。

・メディア報道のテーマと量に関する調査。

2015年から2018年と、2019年から2022年の間の2つの期間で行われた。ニューヨーク タイムズ、ワシントンポスト、USAトゥデイ、AP通信の4つのメディアが調査対象となった。
コンテンツを分析して、責任の帰属(主としてSNSプラットフォームの責任追及)、レトリック非正当化戦略としての「Fake news」の使用(例:トランプが大手メディアをフェイクと名指し)、コロナ関連誤情報という3つの主要テーマを抽出した。

「How News Coverage of Misinformation Shapes Perceptions and Trust」( http://dx.doi.org/10.1017/9781009488815 )

メディア報道は859件の誤・偽情報に関する記事を掲載していた。2017年以降の増加が見られ、2016~2018年には、見出しの91%が「Fake news」という用語を使用していた。2019~2022年には、見出しの80%が「misinformation」に言及していた。このパターンは4つのニュースメディアすべてで一貫していた。
誤・偽情報現象に対するメディアの注目の高まりが、主に2016年の選挙への反応であったことを示唆している。2016 年に公開されたこのトピックに関する79件の記事のうち、3件を除いてすべてトランプの勝利後に公開され、2017年には「misinformation」や「Fake news」に関する見出しが合計143件となった。その後報道は減少し、2019年には73件だったが、2020年にはコロナと大統領選挙の両方によって劇的に増加した。

・実験1。誤・偽情報のメディア報道の影響を測定する実験で、2019年春にアメリカの人口統計と一致するよう割当サンプリングを使用して、オンライン調査 (3,507人)で実施。

・実験2。同じくオンライン調査(2,118人)を実施した。

・実験3。メディア報道に対する質的反応を引き出すための探索型調査。合計240人の参加者を対象に実施。

上記の結果、下記のようなことがわかった。

・メディア報道における誤・偽情報の扱い方の共通項

メディアによる誤情報現象の扱い方に共通のやり方がある。
誤・偽情報は電子メールのやり取り、対人会話、メッセージング・アプリ、主流メディア(ケーブルニュースを含む)など、さまざまなチャネルを通じて流通しているが、主流メディアは、一貫して誤・偽情報を議論する際の主な悪役としてSNSを取り上げる
主流メディアは、SNS上の情報の氾濫と、自らのより体系的な事実確認と検証のアプローチを対比する

・メディア報道がもたらす2つの悪影響

誤・偽情報のニュース報道は過去8年間で大幅に増加しており、メディアが常にスケープゴートにしているのはSNSであるということがわかった。これには2つの大きな影響がある。まず、誤・偽情報が社会にあふれているという過剰な認識を持つ。次に、従来のメディア(特に印刷物)への信頼が高まり、SNSのニュースへの信頼が低下する。

「How News Coverage of Misinformation Shapes Perceptions and Trust」( http://dx.doi.org/10.1017/9781009488815 )

・SNSをスケープゴートにする悪影響

責任をすべてSNSに帰することは、そもそもその誤情報を作成した政治的 アクターや機関から注意をそらすという意図しない悪影響を及ぼす可能性がある。
たとえば、メディア報道によって誤・偽情報がより目立つようになり、人々はよりジャーナリストの職業規範を重視し、潜在的な偏見についてはあまり気にしていなくなっている
また、誤・偽情報が実際にどの程度蔓延しているかから誰がその責任を追うべきかまで、この現象について一般の人々がどう考えているかは、問題解決に向けて公的資源がどのように配分されるかに影響する。結果は、人々が誤・偽情報についての記事を読むと、アジェンダ設定の理論が予測するように、それがより広まっていると認識するようになる。今回の調査では、誤・偽情報に対する国民の危機感は、この問題に対するメディアの扱いによって左右される。

・誤・偽情報と個人的属性との関係

党派性は関心と関連していなかった。民主党、共和党、無党派は、いずれも誤・偽情報に関するニュースに関心を持つ可能性が同等だった。
多くの人々は(党派に関係なく)オンラインでの真偽の識別するのに苦労してお り、誤・偽情報の露出が増えても必ずしも露出に対する認識が増すわけではありません(それが誤・偽情報だと判別できないため)。
年齢は誤情報報道への関心と負の相関関係にあることがわかった。若者は年配者よりも誤情報報道に関心が高い。

・メディア・ビジネスへの影響

政治への関心が高いと誤情報報道に関心を持つようになる傾向が見られた。この関連性は、メディアがこの現象に熱心に取り組んでいる理由にもつながるため注目に値する。編集上の決定が分析(クリック数やSNSのパフォーマンスを含む)に基づいて行われることが増えている時代に、一貫して視 聴者の関心を生み出すトピックは、より多くのジャー ナリズムの注目を集める可能性が高い。
政治への関心は教育や収入と相関関係にあるため、 政治に関心のある人はより裕福で、より裕福である傾向があり、メディアの広告主にとってより価値がある。誤・偽情報がこれらの切望される読者の関心事である限り、誤・偽情報をより頻繁に報道することは、メディアに経済的利益をもたらす可能性がある。アルゴ リズムは、政治に関心のある人々が特定の種類のコンテンツに不釣り合いにさらされ、その結 果、関与することになるため、このフィードバックループを強化する可能性もある。
政治報道が党派的にとらえられる可能性がある時代に、誤・偽情報に関する見出しが他の政治報道よりも偏っているとは認識されていないという調査結果は、党派を超えてアピールする記事を求めているメディアにとって、魅力的だ。

・メディアは人々の誤・偽情報への誤認識を刷り込んでいた

人々は誤・偽情報とSNSを直接結びつけるようにメディアに刷り込まれていた。調査データはこの推論を裏付けている。2020年のピュー研究所の調査では、ソーシャルメディアが「こ の国の現状に主に悪影響を及ぼしている」と答えた回答者の64%に、自由回答形式で回答を説明するよう依頼した。最も多かったのは誤・偽情報で、次に多かったカテゴリーの2倍だった

●感想

このnoteで何度かこの種のレポートや論文を紹介してきたように、このレポートに書かれていることは他の論文やレポートでも裏付けされている。主流と言えるかどうかはわからないが、少なくとも下記は多くの研究者の間で共有されつつあると言ってよいだろう。
つい先日も「SNSの利用者とジャーナリストはきわめて党派的な議論でプラットフォームを問題視していた、という論文」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n4947f376756f )を紹介したばかりだ。

・誤・偽情報は現実の量や脅威よりも過剰にメディア報道され、政治の場で議論されている。
・そもそも誤・偽情報の影響について検証した論文やレポートはほとんどない。多くは事例研究に留まっている。また、技術的、論理的な瑕疵のある論文やレポートも多い。
・誤・偽情報の問題は、社会全体の問題としてとらえるべきであり、誤・偽情報のみをとりあげても解決にはならない。

ただ、どちらかというとアカデミックな研究者、公共政策に関わる研究者の間で共有されている傾向があり、ジャーナリストや安全保障関係者、SNSプラットフォーム、シンクタンクなどの関係者には広がっていないようだ。

日本の官公庁はAIを魔除けの御札のように信奉するなど、呪術廻戦なみの荒唐無稽な議論が繰り広げられているので異世界の感がある。アニメにしてくれたら、きっとすごくおもしろいと思う。現実では決して実現しないだろうから。

関連記事

誤・偽情報対策の根本的な疑問に関する論文https://note.com/ichi_twnovel/n/nefc483234028

ニュースの偏向の方がひどくても誤・偽情報の脅威の方が大きいと感じる、という国際調査結果https://note.com/ichi_twnovel/n/nc86da25c04c6

ファクトチェックとメディアを誤・偽情報拡散に利用した「オペレーション・オーバーロード」の成功https://note.com/ichi_twnovel/n/nedebd72a73bf

natureの誤・偽情報特集にはなにが載っていたのか?https://note.com/ichi_twnovel/n/nc5502500a838

ファクトチェック、リテラシー、メディア報道には効果があるが、マイナスの副作用の方が大きい可能性 nature論文、 https://note.com/ichi_twnovel/n/n9946fcf4369f

これまでの誤・偽情報、認知戦、デジタル影響工作に関する見直しのまとめ、 https://note.com/ichi_twnovel/n/ne27712c47358

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