ファクトチェック、リテラシー、メディア報道には効果があるが、マイナスの副作用の方が大きい可能性 nature論文
誤・偽情報対策が懐疑心を増大させるという調査研究はいつくもあるが、これは最新のもの。2024年6月10日natureに掲載された「Prominent misinformation interventions reduce misperceptions but increase scepticism」(Emma Hoes、 Brian Aitken、 Jingwen Zhang、 Tomasz Gackowski、 Magdalena Wojcieszak、 https://www.nature.com/articles/s41562-024-01884-x )は、アメリカ、ポーランド、香港の3カ国で6,127人を対象に行った調査である。
●概要
前段で代表的な誤・偽情報対策とその評価を概観しており、けっこう参考になる。
この調査ではアメリカ、ポーランド、香港の3カ国で6,127人を対象に、3つの代表的な誤・偽情報対策であるファクトチェック、メディア・リテラシー、メディア報道および、この論文で提案している2つの代替戦略、情報源(責任戦略、Accountability Strategy)と関連する主張の検証(訂正可能性戦略、Correctability Strategy)の効果を調べた。責任戦略は情報源よりも情報そのものに重きをおいたもので、情報源への信頼を損なうことを防ぎ、情報源への不信感を増大させないようにする。訂正可能性戦略は発信者(政治家やメディアなど)の信頼を損なうことなく、エビデンスに基づいた検証を示すことができる。
結果として、調査を行ったすべての対策に、誤・偽情報への支持を減少させる効果があった一方、情報の信頼性に対する懐疑心を増大させていたことがわかった。つまり、こうした対策を行うと、誤った情報を信じる可能性は下がるものの、正しい情報を信じることができずに誤ったものと認識する可能性が高くなった。
ほとんどの人が誤情報よりも信頼できるニュースを目にする可能性の方がはるかに高いため、一般的な懐疑心の高まりは、誤・偽情報を信じる人を減らすというプラスの効果よりもはるかに大きなマイナスの効果をもたらす可能性がある。
●感想
この調査ではアメリカ、ポーランド、香港の3カ国の違いについても言及しているが、おそらく問題は違いの内容よりも、違いが存在することの方だろう。なぜなら、この分野での過去のほとんどの調査研究は特定の一カ国(主として欧米、特にアメリカがほぼ半数を占める)の国内で行われていた。国による違いが確認されたことはアメリカでの調査結果は、日本には当てはまらない可能性が高いということを意味する。
誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文、 https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e
誤・偽情報対策が、懐疑心を増大させ、マイナスの効果を生む可能性があることはこれまでも調査されてきたことであり、再度3カ国で検証されたことになる。特に注目すべきは「正しい情報を信じることができずに誤ったものと認識する可能性」が高まることである。
なぜなら、過去のリテラシー測定やトレーニングにおいて、「誤ったもの」のみを選ぶ質問が用いられてきたからである。
我が国でよくリテラシーの有効性の根拠として紹介される下記調査もそのひとつだ。
わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター、2022年4月13日、 https://www.glocom.ac.jp/activities/project/7759
リテラシーが偽情報対策に有効という検証について、 https://note.com/ichi_twnovel/n/n57c3fc517366
この論文で書かれていたことは「警戒主義」のリスクそのものだったが、根本的な対策の提言までは踏み込めていなかった。
偽情報への注意喚起や報道が民主主義を衰退させる=警戒主義者のリスク、 https://note.com/ichi_twnovel/n/n02d7e7230e8b
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