リテラシーが偽情報対策に有効という検証について

日本においてはリテラシー向上やファクトチェックの実施は偽情報対策、デジタル影響工作対策の代表的なものだ。それを聞くたびに、対策として有効と検証されているのだろうか? と思ってしまう。逆に有効ではない事例はよく見かける。代表的なものは下記の記事に書いたものだ。メディア・リテラシーに偽情報対策を求めることはリスクを伴うという指摘だ。つまり、対策どころか逆効果=偽情報を広げる可能性を孕んでいるというのだ。

フェイクニュース対策としてのメディア・リテラシーの危険性 データ&ソサイエティ研究所創始者&代表のdanah boyd氏のスピーチ「You Think You Want Media Literacy… Do You?」の紹介https://note.com/ichi_twnovel/n/n91c01ed094ae)

先日、統計的にリテラシーの有効性を検証した資料があると教えてもらったので拝見した。確かにいろいろなところで参照されているようだし、参加しているメンバーも有名な先生がたくさんいる。なるほどこれはきちんとした検証っぽい。
【2024年2月1日追記】別の記事で別の論文を紹介
「メディア・リテラシーが偽情報対策として有効であることを実験で証明した論文……のはずだったのだが」

わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター、2022年4月13日、https://www.glocom.ac.jp/activities/project/7759


●リテラシー検証内容の検証

著名な専門家が結集したプロジェクトを専門家でもない私が検証というのはおこがましいし、おそらくあちらの方が正しい可能性が高いと考えるのがふつうだ。しかし、どうもよくわからないので書き留めておく。

まず、リテラシーが偽情報対策に有効であることの検証方法について。
このレポートでは幅広い範囲にわたって調査分析を行っており、リテラシーの有効性の検証はその一部となっている。およそ2万人のアンケートデータからリテラシーの有効性を統計的に確認している。
まず、リテラシーをメディアリテラシー、情報リテラシー(読解力)、ヘルスリテラシーの3つに分けている。メディア・リテラシーではメディアについての知識を確認している。
情報リテラシーではPISA(OECD 生徒の学習到達度調査)の読解力に近い内容で文章を読んで正しく内容を理解するという、機能的識字能力の程度を確認するようなものだ。
ヘルスリテラシーは、さらに機能的ヘルスリテラシー(薬などの説明の理解)、伝達的ヘルスリテラシー(病気について情報を集めて理解、分析)、批判的ヘルスリテラシー(病気や治療法について情報収集し、妥当性を判断)の3つに分かれる。
一方、偽・誤情報を提示し、その真偽を判定する質問を用意し、回答者の真偽判定能力を測定している。
そして、各リテラシーの程度と偽・誤情報を識別能力、メディアからの情報収集、周囲の知人、個人属性・嗜好から構成される偽・誤情報真偽判定決定要因モデルに当てはめている。その結果、リテラシーが高いほど、偽・誤情報真偽判定能力が高いという結果を得ている。

●いろいろ気になる点があった

1.ここで測定されているのは偽・誤情報真偽判定能力ではない

アンケートでは偽・誤情報をいくつか提示し、その真偽を判定させている。その結果をもって、偽・誤情報真偽判定能力としている。しかし、質問の選択肢に「真」が含まれていないので、提示されたものを「偽・誤」として排除する能力のみが問われていることになる。
「真」を見極めるための質問もしくは選択肢がないとすべてに懐疑的なだけの回答者がもっとも高い偽・誤情報真偽判定能力を持つことになってしまう。
本来、偽・誤情報真偽判定能力には「真」を見極める能力も含まれているはずだ。

2.政治的嗜好があると偽・誤情報真偽判定能力が高くなる選択肢になっている

政治に関する偽・誤情報真偽判定では、下記の選択肢が用意されていた。

①日本でコロナワクチンの開発が成功しないのは、民主党の事業仕分けで「日本ウイルス学会」などを廃止したことが原因
②衆議院選挙において自民党・公明党・日本維新の会が勝つと消費税が19%になる
③選挙機材大手「ムサシ」の大株主が安倍晋三元首相であり、不正が行われやすくなっている
④長野五輪で5千人の中国人が集合し暴動になった
⑤菅義偉前首相が立憲民主党のコロナ政策を批判したことに対し、枝野幸男前代表が「党首討論に相応しくない」と反論した
⑥トリチウムのゆるキャラが電通に3億700万円で発注されていた

自民党を支持する回答者はその信念だけで、②③⑥を偽・誤情報と考え、偽・誤情報真偽判定能力が高くなり、自民党に反発している回答者は逆に②③⑥を「真」と考えそうだ。どちらも政治的信念に偏った判断をしているのだが、政治的信条を持たずにすべて「真」としてしまった人よりも偽・誤情報真偽判定能力が高く評価されることになる。調査設計の段階で、保守とリベラルのそれぞれに肯定的なものを同数含めたと書いているので意図的な設定だ。
政治的な質問では政治的嗜好によって偏りが出るのはいたしかたない。しかし、政治的信条によって真偽判定能力が向上するような設問だとそもそも測定する意味や有効性が疑われる。
保守とリベラルというふたつの区分で選択肢を用意する根拠についてもあまり説明されていないのも気になる。
また、保守度を測定する質問によってはなぜそれが保守なのかわからないものもあった。たとえば、「国民全体の利益と個人の利益では個人の利益の方を優先すべきだ」を肯定するのは保守というのは理解に苦しむ。なにか私はおかしなことを言ってる? 私が保守とリベラル(そもそもこの区分がわからないけど)についての常識がないだけ?
この質問は「ネットは社会を分断するのか」という調査を参考にしているのだが、この調査にはかなり問題がある。私はレビューを書いたくらいなのでけっこう読み込んだ。いろいろ気になったけど、オブラートにくるんでレビューは書いた。ここに致命的な見落としをひとつ書いたけど、まだまだある。他で参照されるようなことになるなら、もっとはっきり書けばよかった。政治的保守度、政治的極端度の設定が適切であればもう少し掘り下げることができたように思う。
この質問に関しては調査設計者の政治的嗜好が透けて見える感じもして危険な感じがした。

結果を見ると、政治的保守度、政治的極端度、政治的関心は誤情報真偽判定能力との関連が高くなく、政府信頼度は高い結果となった。政治的信頼度とは関連がある以上、もう少し掘り下げらればもっと見えてくるものがあったように思えてとても残念である。
個人的には保守というか自民党支持者が「偽・誤」を3つ以上選んだおかげで、政治信頼度との関連は高くなったが、政治的保守度の測定項目が不適切であったためにその関連は検出されなかったのではないかと思う。本来は保守度は政治的信頼度はかなり似た尺度だと思うんだけど。これはあくまでも仮定であり、憶測です。

3.個人属性に年収や家族構成がないことが気になる

回帰モデルを使うことで交絡因子の影響を勘案しているが、それには必要な変数が網羅されている前提が必要だ。年収と家族構成は回答者の日常行動や能力、嗜好に大きな影響を与える可能性が高いため、入れておくべきだったと思う。

上記からこのレポートの検証結果はそのまま受け取りにくいという気がした。また、こうした調査レポートにはスポンサーの名前を出すべきと思うのだが(自主調査ならその旨書くべき)、それが書かれていなかった。WEBページには「グーグル」と記載されている。ファクトチェックとリテラシーを後押ししている企業であり、そこがスポンサードした結果がこれでしかも懸念事項が見つかるというのは気になる。私はファクトチェックはネット世論操作産業の一部と考えているので特にそう思う。

終わりに

なお、冒頭に申しあげたようにこのレポートに関係した専門家の方々の知見は私の及ぶところではないので私が間違っている可能性もあります。その時は、深くお詫びします。でも、おかしいと思うんですよね。

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