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『ユーラシアの自画像』 語られてこなかった当事国視点の世界観

●本書の内容

『ユーラシアの自画像「米中対立/新冷戦」論の死角』(PHP研究所、2023年3月25日)を読んだ。ウクライナ侵攻を契機として、我々が所属しているグローバルノース主流派とは異なる世界観や価値感を持つ国がたくさん存在していることが見えてきた。しかし、グローバルノース主流派の中にそれらの国についての情報は少なく、さらにその視点がグローバルノース主流派からのものになっていることが多い。しかし、グローバルノース主流派ではない国の方が国の数は多く、人口も多いのだ。我々は世界の半分以上を無視して世界を見ていることになる。
本書はこれまであまり語られることのなかったこうした国々からの視点で現在のさまざまな問題をとりあげて整理したものである。いちおう章立てはあるが、ひとつのテーマについて全員が語っているわけではない。

ロシア、台湾、北朝鮮、中国、マレーシア、フィリピン、ミャンマー、タイ、沖縄などが取り上げられていて、未知の情報と視点から過去から現在まで続く問題が語られている。個人的には琉球の歴史についてほとんど知らなかったので、とても勉強になった。特に歴史上、琉球がどのような立ち位置にあったのかがわかった。
デジタル影響工作について触れているものはあまりなかったが、最後の「ロシア・ウクライナ戦争と「圧倒的な戦略」」で他では読めない論文などが紹介されていて、大変参考になった。
といった感じですべての章に知らなかったが満載となっていて、ふだん見ている世界がいかに偏った情報で構成されているかがよくわかる。

どれも興味深いものばかりだったので一気読みだったが、手元においてこれらの国に関係するニュースを見る時に合わせて再読すると理解が深まるような気がした。国際情勢などに関心のある方にはおすすめの本だ。
今回はユーラシアが対象だったが、ラテンアメリカやアフリカもシリーズで読んで見たい。

著者はたくさんいらっしゃるので目次と一緒に巻末に掲載した。すごい数の論考が載っていることがわかると思う。

●気になったこと

いくつか気になったこともある。
今回取り上げられた国とラテンアメリカやアフリカの関係についてあまり触れられていなかったような気がする。たとえば北朝鮮とアフリカのいくつかの国との関係とか。我々の世界の外で広がっている相互の関係も知りたいと感じた。

今回は民族、宗教、政治といった側面での整理が多かったが(一部デジタル系の話もあったが)、ネットワークとの関係も知りたかった。たとえば中国が他国に提供するスマートシティは監視システム+社会信用システム+デジタル影響工作のパッケージになっていることもあり(ベネズエラがよい例)、ロシアもその劣化版を輸出している。これらを通じてデータを吸い上げるのはもちろんだが、システムというのは思想をエンコードしたものでそれを稼働するということは思想をインストールすることにつながる。

メディアや研究サプライチェーンの話も読みたい。当事国からの視点をあまり知ることがないのはメディアが取り上げないせいというのも大きい。グローバルノースのメディアはグローバルノースに受けのよいことを、グローバルノースの視点で書くことが多い。
研究サプライチェーンも同様で研究に割り当てられる予算は政治や民間企業の関心の度合いによって決まるし、研究のテーマや成果はスポンサーが理解できるものである必要がある。したがって研究テーマも成果も偏ったものになりがちだ。その意味で今回のようなプロジェクトが成立したのはほんとうに素晴らしいと思う。

過去の歴史については描かれているのだけど、これからのことについてはあまり書かれていなかった(そもそも今後のことについては軽く触れる程度のものが多い)。これからのことというのは、気候変動、エネルギー、食糧、水、疫病などの問題の悪化はほぼ避けようがないことだ。さらにこれらは移民と社会の不安定化を引き起こし、さらに問題を悪化させる。ロシアのウクライナ侵攻は負のスパイラルのきっかけになった。気候変動に対する取り組みは大幅に後退し、エネルギーや食糧不足を悪化させることになった。これからの世界は、よほど大きな体制変化がない限り、「なにをやっても世の中が悪くなる」状況を脱することができないのを前提に考える必要があるだろう。こういう視点はなかったように思う。

●目次

はじめに 池内恵
第1部世界を観る眼それぞれの歴史認識とあるべき世界
 それぞれの歴史認識とあるべき世界 川島真
 第1章琉球から見る東アジア秩序の「内在論理」 岡本隆司
 第2章歴史認識をめぐる戦い──プーチン政権と独ソ戦の記憶 西山美久
 第3章ロシアの反体制派ナショナリズム 乗松亨平
 第4章北朝鮮の世界観から見た世界の対立 宮本悟
第2部国内政治と対外政策の因果律
 第5章南シナ海問題とマレーシア──「合理的国家」を解体する 鈴木絢女
 第6章ドゥテルテ政権のフィリピン外交──内政の論理と実利の確保 日下渉
 第7章ミャンマー危機のディレンマ 中西嘉宏
 第8章タイの合意なき「バランス外交」──国内政治の力学からみる対外政策 青木(岡部)まき
 第9章外へと滲み出る内部の論理──中国の「カラー革命」認識と国家の安全 川島真
 第10章「お仲間」の政治学──中国のロシア政治研究とロシア・ウクライナ戦争の「教訓」 鈴木隆
第3部ホット・イッシュウ
 第11章台湾からみた人権問題の争点化 家永真幸
 第12章中国の科学技術力を用いた影響力の行使──宇宙分野を例に 伊藤和歌子
 第13章東南アジアのスマートシティ・ブームにみる米中対立相対化の可能性 岡本正明
第4部地域問題東アジア・アフガニスタン・イラン
 第14章中国・欧州関係の構造変化──欧州の対中警戒と対台接近はなぜ起きたか? 松田康博
 第15章GCAをめぐる中国の反テロ戦略──アフガニスタンを事例として 田中周
 第16章中国─イラン関係の深化とその限界──隔たりのあるパートナーシップ 山口信治
 第17章ロシア・ウクライナ戦争と「圧倒的な戦略」 小泉悠
おわりに 川島真、小泉悠、鈴木絢女、池内恵


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