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『武器化する世界』拝読。全てが武器になった新しい世界を知るためのフィールドガイド。

マーク・ガレオッティの『武器化する世界:ネット、フェイクニュースから金融、貿易、移民まであらゆるものが武器として使われている』(原書房、2022年7月21日)を読んでみた。
著者がイントロダクションに書いているように、「人間が進む可能性のある未来についての入門書」である。本来武器ではなかった幅広い領域を取り上げて、あれもこれも武器化されている状況を紹介し、最終的にこれから起こり得ることについても語っている。

●本書の内容

本書は大きく4部に分かれている。

第1部で戦争が武力を用いたものから武力以外も用いるものに変わってきており、その主役は武力以外になりつつある現状を紹介する。

紛争は民主化され、個人や企業でもナラティブ戦争に参加したり、訴訟を起こしたり、商品をボイコットしたりできる。さまざまな戦争にかかわる行為(戦闘、スパイ、ナラティブにかかわるPR業務など)を請け負う民間企業も増えている。
その解決にはボアロードと著者が呼ぶ、弁護士や外交官が主たる役割を果たすようになった。
現在の戦争は国内紛争が多く、ひとつ以上の外国勢力が一方または他方の陣営を支援し、その結果として、混沌として状況がわかりにくくなりがちである。
そもそも兵士ですらも、戦争以外の任務につくことが多くなっているのだ。

第2部では、経済制裁など経済やビジネスにまつわる話題を取り上げている。

まず、著者は経済制裁は効果がないと断じ、むしろ経済制裁を課した側の方の損害が大きいことを指摘する。ロシアに対する経済制裁が現在進行形の世界に生きる我々には耳が痛くなる話だ。多くの国際制裁では、実際の成功よりも成功したように見えることのほうが重視されているのだ。
もちろん、効果がないわけではない。相手にこちらの本気度を伝えるシグナルの役割は果たす。しかし、それ以上の効果には疑問が残る。
国家間のビジネスもまた戦争であることを解説する。たとえば、ドイツでファーウェイを閉め出すことが検討された時、輸出を中国に頼っている自動車業界から反発が出たり、フランス大統領がダライ・ラマと面会する予定が発表された際に中国は150機のエアバスの購入をキャンセルした。
利益に目がくらんだ者を相手国で増やす効果はすぐには出ないが、じょじょに服従と協力を習慣化してゆき、都合のよいナラティブを広げ、政策や立法に影響を与えられるようになってゆく
また犯罪組織も重要な相手となる。裏社会は1兆ドル以上の売上があり、国際的なネットワークを有しており、非対称かつ否認可能な武器である。
サイバー空間では犯罪組織が広がっており、北朝鮮や中国などでは国家組織が犯罪行為に手を染めている。
ロシアはギャングの利用に熱心であり、中国も黒社会の組織を延命させ、香港の民主化を妨害させた。国家と犯罪組織の境界はあいまいになっており、ソマリアでは海賊が事実上の国家を樹立し、モルドバでも地元ギャングとロシアが共同で共和国を称するようになった。

第3部では生命、法律、情報、文化の分野での戦争を紹介している。

まず、国家が行う支援が表向き人道的な理由になっていても実態はそうではないことを指摘する。その証拠に世界の最貧国のワースト各国よりも、それより上の国々の方が政治的な理由で多くの支援を受けている。また、マーシャルプラン全体は、寛大な行動だったが、利己的な工作活動でもあった。
移民もまた兵器として利用されている。これに関しては別記事でくわしく紹介したことがあるのでそちらを参照。
自国の利益のために国内法や国際法を乱用する「ローフェア」も増加している。たとえば中国は南シナ海に人工島を建設し、領海の拡大を主張してい る。ロシアは地球物理調査(あやしい)に基づいて、北極圏の大部分の領有権を主張している。
権威主義国では言論を弾圧したり、政敵を迫害したりする目的で国内法や国際法を活用している。たとえば、中国、エジプト、アゼルバイジャン、ベネズエラ、バーレーン、イランといった世界の権威主義国は、インターポールの手配書(赤手配書)や強制送還の裁判やその他の国際法を用いて敵対者を追い詰める
また、EUは法規制の超大国として活躍している。
著者は現代が「メディア傭兵」の時代とし、さまざまな立場のさまざまな人々が動員、利用されているとする。影響工作は基本的に洗脳して相手国を乗っ取るよりは、相手国を分断し、混乱させる方が成功しやすい
多くの政府はフェイクニュースが問題としているが、実際にはたいした対策を取ろうとしていない。プラットフォーム企業は超国家的な存在になっており、国際法の範囲を超えている。彼らはトランプ発言などの「炎と怒り」や、ネット上のヘイト、ウイルス陰謀論などから利益を得ているため、そうした企業にコンテンツのモデレーションをまかせることは危険だ。
文化もまた対立の場として重要になってきている。映画、宗教、音楽などを武器として使用することは以前から行われてきた。現在は軍がeスポーツチームを抱え、大会に参加した他国の選手を軍に引き抜いている。ヒズボラやアフカルといったテロ組織もゲームをリリースしている。
ダークパワーの活用にも触れている。ダークパワーとは、相手にするには危険だと思わせることだ。たとえば北朝鮮は狂気を装うことで相手から譲歩を引き出している。

第4部は未来の話である。

著者はまず戦死者の数が高い水準にあることを示し、国家間の戦争は減ったかもしれないが、紛争は絶え間なく起きており、世界は安全とは言えないことを示す。
かつてとは異なり、諜報活動は同盟国などもターゲットとなっており、世界は不安定である。
そもそも世界が安定したと言われていた冷戦から冷戦後の期間は、ベトナム、朝鮮半島、アフガン、ニカラグア、中東は戦いが起きていた
不安定を前提として利益を得ることが重要になる。
現代は代理戦争の時代であり、ドローン、傭兵、同盟軍、民兵などが戦う。多くの場合は他人事であり、日常はそのまま続く。
戦争はさまざまな形で起きており、どこに投資すべきを決めることは難しい。つまり、「重要な価値感はなにか?」という問いになる。
民間部門は多くの戦争にかかわるようになってきたが、逆に言うと解決のための力を得たとも言える。
個人もまた日常的に戦争に参加することになっている。そこでできることは3つある。
・理解する なにが起きているかを正しく理解する
・活動する 正しいことを選択し、活動する
・投票する

●感想

広範な領域にわたって、現在の戦争を紹介していて、大変参考になった。
豊富な事例や、ところどころに未来のシナリオがあるのもイメージがわきやすくて助かる。
各章の終わりには推薦図書まで紹介されていて、いたれりつくせりである。
読んで損はない1冊と自信を持っておすすめできる。

ひとつ気になったのは武力による紛争の比重である。昨年から今年にかけて、多くの識者やデータが武力による紛争の増加と今後のさらなる増加を指摘している。
このnoteでも紹介した内戦の話Foreign Affairsの記事V-Demレポート暴力のエコシステムなどはその一例だ。
本書が刊行された時期から逆算すると、こうした傾向が指摘される前に執筆したものと推察できる。著者の今後の武力による紛争についての意見を読みたかった。

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