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国内が崩壊しつつあるのはアメリカだけではない ISDのイギリス国内過激派レポート

ISDが2024年4月26日に、イギリスが直面している過激派、ヘイトグループ、海外からの干渉の脅威を分析したレポート「Beyond Definitions: The Need for a Comprehensive Human Rights-Based UK Extremism Policy Strategy」https://www.isdglobal.org/isd-publications/beyond-definitions-the-need-for-a-comprehensive-human-rights-based-uk-extremism-policy-strategy/ )を公開した。
同様の現象は民主主義を標榜する各国で起きており、首相の暗殺が起きた日本も例外ではない。


●概要

・イギリスの状況

レポートの冒頭に10年前と現在の過激派とヘイトの脅威は根本的に異なるものと書かれている。国内外のアクターは多様化し、不定形で、さらにはイデオロギーを持たないことすらある。コロナとイスラエル・ガザ危機によって広がったオンラインの混乱が現実世界の治安や民主主義を破壊しつつある。こうしたハイブリッドな脅威に対してイギリスの体制は追いついていない。

現在、イギリス国内でもっとも危険な過激派は極右(レポートではXRW=extreme right wingと表記)であるとしている。アメリカ国内の最大脅威がRMVEs(Racially or Ethnically Motivated Violent Extremists)で人種や民族差別に動機づけられた過激派であることに似ている。極右の一部はパレスチナ支持のデモ参加者とぶつかる一方で、白人至上主義グループはハマスを支持している。
イスラム過激主義も脅威であり、イスラエル・ガザ危機によってリスクが高まっている。レポートのエグゼクティブ・サマリーでは極右を最初にあげていたが、本編ではイスラム過激派が最初だった。なにか意味があるのだろうか?
昨年10月7日のXでは攻撃に関連した何百もの認証マークつきのテロリストアカウントの投稿が拡散し、、事件直後には1,500万回以上の閲覧を獲得した。そのうちの90% は数カ月経ってもまだ活動を続けている。イギリスでは反LGBTQ+へのヘイトが極右の主な活動になっており、トランスコミュニティに対する抗議は50件以上にのぼる。
オンライン加速主義の活動も10月7日以降、過激になり、イスラム過激派の支持を表明し、ユダヤ人の殺害を賞賛し、彼らの戦略を西側諸国でも行うよう求めた。
反ユダヤや反イスラムのヘイトはハマスの攻撃以降、急増している。ISDの調査によると、YouTube上の反ユダヤ的なコメントは50倍増えたという。
陰謀論の過激化はコロナ禍の中で進んだ。コロナにより、医療従事者、公務員、少数派コミュニティを標的にした虐待、嫌がらせ、脅迫を行う一部の陰謀論者が過激化した。
イギリスの陰謀論者は多様で、インフルエンサーの影響力が大きく、緩やかにつながったグループで構成されている。
移民・難民に帯する組織的なヘイト活動も行われている。
なお、こうした過激派の活動は一見、思想などの行動原理がありそうに見えるが、まったくイデオロギーを持たない者も少なくない

親ロシアのネット活動とイギリス国内の極右の活動は相互に強化し合っており、敵対する国家アクターの境界はあいまいになってきている
ドイツをターゲットにしたロシアの作戦は成功しており、ドイツ人の経済的不安を利用し、極左と極右の政治家双方がウクライナに対する国内の支持を損なうことを称賛している。ロシアが同様の戦略を英国でもすぐに採る可能性がある。
中国はイギリス国内の過激派活動とはそれほど関係を持っていない。しかし、ドイツの極右ポピュリスト政党AfDと、同党のEU議会選挙の有力候補者が長期にわたって中国の影響工作を受けていたことがわかっている。中国も同様のことをイギリスで行うことができる。

・対策

レポートでは対応のための統一ポリシーフレームワークの構築をあげている。下記が含まれていた。
社会的結束の強化
明確な対過激派戦略の再確立
過激派対策と広範な暴力防止の連携
ヘイトスピーチとヘイトクライムに対する強力かつ一貫した行動
テロ対策への状況に応じたアプローチ
過激派対策と敵対的国家の脅威への対応の統合
政府間の調整
国と地方の連携

●感想

ISDは欧米各国の分析を行ってきており、ドイツについての分析も行っている。今回、イギリスのレポートで中露がドイツに行ったのと同じことをイギリスでもできるという指摘は切実な脅威を感じさせた。

もっとも注目すべき点は、このレポートでは従来の中露イランをターゲットにした作戦や対症療法的な作戦ではなく、国内の結束の強化など国内の体制の強化に焦点が当てられていることだ。急速に中露イランの誤・偽情報をやり玉にあげるやり方から、社会全体の信頼関係、レジリエンスを向上させる方向へと変わってきている。
もちろん、この提言が実際の政策に反映されるかどうかはわからない。しかし、専門機関がこのことに気づき、方向転換の必要性を訴えるようになったことはよい傾向だと思う。このレポートにも書かれているように、中露イランの干渉と国内脅威は連携しており、国内問題と海外からの干渉はシームレスにつながっている。なぜなら中露イランは相手国の国内問題を狙うからだ。対症療法的な対策には国内問題への対処は含まれないことがほとんどのためファクトチェックやテイクダウンといった見せかけの成果はあげられても国内の結束や安定にはなんの効果もなく、むしろ逆効果だ。

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