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民主主義の立て直しから始まるEUのデジタル影響工作対策

EUは民主主義の立て直しを図る中でデジタル影響工作についても対策を行うこととなっている。アメリカの民主主義立て直しが主として、中国やロシアといった権威主義国との対立の図式で語られ、自国の立て直しなどを含めた総合的な計画になっていないことと対照的である。
ただ、敵と味方、悪と善、悪い敵をやっつければよいのだ、というアメリカの対立図式はわかりやすい。すごく頭悪そうだけど。実直に民主主義のあり方を見直して、社会のさまざまな部分を変えようとしているEUのアプローチはわかりにくい。

●強化が続くEUの規制

EUのアプローチは2020年の「European Democracy Action Plan」(https://note.com/ichi_twnovel/n/n79cf8cddfc2f)あたりから連綿と続いており、さまざまな試みがなされ、見直され、そのフィードバックで改善されてきたようだ。
デジタル影響工作についても「Code of Practice on Disinformation」という形で整理され、こちらも何度も修正が加えられてきた。

見直しは毎年行われているようで、最近では「The Strengthened Code of Practice on Disinformation 2022」(2021年6月、https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/2022-strengthened-code-practice-disinformation)などがリリースされている。
近年、見直しと強化が進んでいるのはプラットフォーム企業への規制や透明性と、ファクトチェックや情報リテラシーのようだ。並行してこの規範に参加する企業も増えている。この規範は直接デジタル影響工作に関係するSNSプラットフォームだけでなく、広告主など幅広いステークホルダーを含んだ、エコシステム全体が規制対象になっている。

●強まるプラットフォーム企業の責務

具体的には偽情報への資金流入を止めるため、プラットフォーム企業や広告主に対して行動を求め、行動の結果の報告も求めている。先日、イーロン・マスク買収後のツイッターがこの報告の記載が不充分だったことがニュースになったのを記憶している方もいるだろう。

Twitter Lags Behind Other Tech Giants In Disinformation Fight, EU Warns—As Musk’s Platform Antagonizes Regulators、Forbes、Feb 9, 2023、https://www.forbes.com/sites/roberthart/2023/02/09/twitter-lags-behind-other-tech-giants-in-disinformation-fight-eu-warns-as-musks-platform-antagonizes-regulators/

また、EDMO(European Digital Media Observatory)を設立し、そこに参加者からの資金を集め、その資金をファクトチェックの強化、情報リテラシー向上のための活動に生かしている。つまり、参加者であるプラットフォーム企業や広告主はEDMOへの資金提供もしなければならないらしい。

●これらの施策の効果?

効果はおそらく観察される範囲では出ているだろう。しかし、問題は新しい領域、技術、プレイヤーは当初観察されていないということだ。
以前の記事(https://note.com/ichi_twnovel/n/n59a780cfff41)に書いたように、「規制や制度が技術に追いつくことはしばらくないと考える方が妥当」なのだ。
ちょっと考えても、Fediverseによる分散型になってEUの規制対象にならない小規模SNSや動画投稿サイトなどが乱立したり、規制対象にならないナノインフルエンサーが増加したり、AI支援デジタル影響工作ツールが広がるのが現在進行形だし、次々と出てくる新しいものに対応できないでしょう。

EUのアプローチにはいくつか根本的な問題がある

・デジタル影響工作にどれくらい、どのような影響があり、影響を生むメカニズムと阻止する方法を調査もしくは実験や臨床などで確認せずに、想像上のメカニズムや阻止方法を実行に移している。定量的な分析結果は存在するが、効果ある対策を立案、検証するために充分とはとても言えない。今やっていることは検証できないナラティブとほぼ同じである。

・規制を中心とし、多額の資金を集め、運用する形をとっているため、関係機関に過度に権限と資金が集まる。

・あるべき民主主義の姿が具体的に示されていないため、中長期の具体的な目標設定ができない。形式上できていても、それは戦略的目標にはほど遠い。以前、ご紹介した民主主義のゼロデイ脆弱性そのものだ。

世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった、ニューズウィーク日本版、2021年03月23日、https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/03/post-22.php

民主主義のゼロデイ脆弱性、一田和樹note、2021年3月28日、https://note.com/ichi_twnovel/n/nf71c13da5efe

・あるべき民主主義の姿を明確にできれば、社会の各機関や市民の相互の信頼性を高めて偽情報やプロパガンダに対する基本的な免疫、抵抗力を高めるといった対策も可能となる。これは新しい領域、技術、プレイヤーに対しても有効である。相互の信頼を深めるアプローチはファクトチェックや情報リテラシーなどとは異なる。

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