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ウクライナ1年を経て見えてきたデジタル影響工作の効果

ロシアのウクライナ侵攻から1年が経った。メディアやシンクタンクなどで振り返りが行われた。その中からデジタル影響工作に関係していて気になったものをまとめてみた。一覧表にとりあげた1年振り返りのレポートは全部で16本。デジタル影響工作に関係あるものを選んだが、関連するサイバー攻撃、難民や世論調査に関するものも含まれている。出典は末尾に一覧にしてある。

さまざまな資料を確認して整理してみた。ただし、これはあくまでの私の個人的な関心に沿った整理なので他の人が読めばまた違ったまとめになると思う。実は今回の戦争は、デジタル影響工作が本格的に行われるようになってから最初の戦争だった。下表は以前ニューズウィーク日本版に寄稿したものを改定したものだ。

●全体的な傾向

内容の説明に入る前に概観した時の傾向に触れたい。

・ロシアのデジタル影響工作の成果について、断定的な結論を出したものはなかった。ほとんどはどちらが勝ったということには触れておらず、触れているのは双方がそれぞれの領域で成果をあげたという表現になっている。

・SNSプラットフォームのデータの解析など定量的な分析が多かったことも目を引いた。表をご覧いただくとわかるように主要な資料のほとんどがSNSの定量分析あるいはアンケートなどの手法をとっていた。特にフェイスブックやツイッターのデータを用いた定量分析が多かった。くわしいことは後述するが、今回の資料は皮肉なことに、こうしたSNSプラットフォームのデータを分析に使うことの危険性を証明することになっていた。定量分析がなかったのはブルッキングス研究所のレポートのみで、全米民主主義基金(NED)の「SHIELDING DEMOCRACY」はアンケート調査などが中心だった。

・デジタル影響工作の分析では、「ナラティブ」という表現が多用されるようになってきた。

・グローバルサウスという言葉が多く使われていた。

●注目すべきポイント

内容を確認すると、いくつか気になるポイントが浮かんできた。

・ロシアの影響工作はグローバルサウスで効果を発揮していた
という分析がデジタル影響工作のレポートでは共通して確認できた。ウクライナ侵攻当初は、国際世論が親ウクライナ・反ロシアとなっていたこともあり、ロシアのデジタル影響工作は功を奏しなかったという指摘があったが、それは時期尚早の結論だった。
主要レポートではDFRLAB、ブルッキングス研究所、NED、EEASがアメリカを中心とした親ウクライナ勢力に組みしない地域についても触れ、ロシアの影響力があることを報告していた。アメリカを中心とした親ウクライナ勢力をグローバルノース主流派と呼ぶが、それ以外については表にあげたレポート以外に、いくつもレポートが出ている。
自分たち以外の世界がよく見えていないということはこれらのレポートで自省の念を込めて再三指摘されている。
「我々が見ているのはグローバルノースの努力と成功に焦点をあてたきわめて勝利主義的な物語」(エマ・アッシュフォード)
日本にいる我々が国際世論と認識しているのは、欧米の大手メディアと著名人の発言であり、それらがウクライナ侵攻の際に親ウクライナ・反ロシアとなったのは当然だった。単に偏った報道と発言しか目にしていなかったための誤りだった。

当初、グローバルノースの多くの識者はグローバルサウスは多様であり、中立もしくは様子を見ているのだろうと考えていた。しかし、時間が経つにつれて多様なグローバルサウスの多くの国々にはグローバルノースへの不信感や警戒心があり、安易にグローバルノースの誘いにのって経済制裁などにくわわらないのだった。さらに、これまでグローバルノース各国のグローバルサウス各国の惨状や難民(シリアやエチオピアなど)への対応とウクライナへの対応のあまりの違いに失望している。
さらにグローバルノースにおいてグローバルサウス各国の惨状や難民の優先度が低いのと同様に、グローバルサウスでのウクライナへの優先度は低く、関心もうすい。
そのため、反アメリカ、反グローバルノースの主張を行うロシアの主張は受け入れられやすかった。

今回のウクライナ侵攻はグローバルノースとサウスの溝を深くした。

・SNSプラットフォームの規制の効果は期待できない
SNSプラットフォーム規制は部分的な効果があったが、全体としてはどちらとも言い切れない状況だった。フェイスブックでは効果があり、ツイッターでは効果がなかった(むしろ増加)。
「Does Deplatforming Work? Unintended consequences of banning far-right content creators」のように、大手SNSで規制をかけても効果は期待できないことがいくつかのレポートで検証されている。そのため今回16のレポートのみで効果があるとは言い切れず、ない可能性の方が高い。

また、2021年1月6日のアメリカ連邦議事堂襲撃事件の分析で、大手SNSを追い出された人々が小規模SNSが集まっていた。その後の分析で小規模SNSから大手SNSを利用して拡散していたことが判明している。これについて過去に記事(https://note.com/ichi_twnovel/n/nc27a142b81e3)を書いている。

さらに、Fediverseなどの分散型ネットワークを使ったSNSや動画サイト(PeerTubeなど)はデジタル影響工作対策の現行法にの対象とならない可能性が高い。そのため、規制や制度が技術に追いつくことはしばらくないと考える方が妥当だろう。AI支援デジタル影響工作ツールの2023年以降増加し、攻撃技術とツールの進化が早すぎる。

・アドテックによるロシア支持派への資金提供が拡大した
以前からアドテックが民主主義を毀損する陰謀論や白人至上主義などの反主流派に広告を出稿して資金を提供していることを取り上げてきた。ウクライナ侵攻にあたっても広告を出稿する親ロシアのサイトへの広告出稿が増えるという事態が発生していた。
ロシアのデジタル影響工作は、以前からこうしたサイトの発信する情報を拡散しており、グローバルノース主流派(特にアメリカ)の反主流グループとロシアは連携するようになっている。たとえばウクライナ侵攻開始時にはこれらのグループは一斉に反ウクライナ(もしくはアメリカ)・親ロシアのメッセージを発信しはじめた
昔は相手国の過激派に資金を提供するといった工作が行われていたらしいが、今はメッセージを拡散してアクセスを誘導するだけで、反主流派グループの影響力増大、アドテックからの収入増加、メンバー増加という一石三鳥のを実現している。

・中国、イランとの連携が進んだ
以前からロシア、中国、イランは相互にメッセージを拡散するなどしていたが、ウクライナ侵攻でも同様の連携が行われていた。

・移民兵器の潜在的脅威が増大
「移民兵器」とは、武装化した移民という意味ではなく、なんらかの方法で相手国に移民を送り込むと脅しをかけて、相手国を譲歩させたり、協力や支援を取り付けたりすることである。
1951年の難民条約ができて以来、少なくとも81回移民兵器が使用されており、半数以上は成功し、4分の3では目的を部分的に達成した。制裁措置や、部分的な戦争、強制的な外交の成功率が40%程度であることを考えると、きわめて高い成功率。しかも、移民兵器の人数や相手国の能力とは関係ない。
通常、移民兵器になりうるのは、欧米以外の国からの移民だけ。相手国政府が気にするのは国内の感情的な反対である。逆説的に大量のウクライナの人々を各国が受け入れていることからもわかる。

これまでの移民兵器とは異なり、ウクライナ移民は受け入れられることで相手国の負担を増加させ、社会を不安定にする効果を生み出し、デジタル影響工作が効果を発揮する土壌を作る。
同時にこれまで移民や難民の受入を拒まれ続けてきたグローバルサウスの人々にグローバルノースへの不信感を募らせ、ロシア発のナラティブに共感しやすい土壌を作った。
グローバルサウスからの移民は今後も増加する。そのたびにグローバルサウスはウクライナへの対応との違いを目の当たりにすることになる。

●全体としての印象

全体としてはグローバルノース主流派にとっての状況は悪化している。
・グローバルサウスとの溝が深まり、多様だったグローバルサウスの団結を呼びかける動きも出てきた
・SNSプラットフォーム規制の効果が薄いことがわかり、規制は技術革新においつけないことがわかってきた
・グローバルノースのアドテックは相変わらずせっせと親ロシアのサイトに資金提供していた

好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

出典

●16のウクライナ侵攻1年振り返りレポート

Narrative Warfare
2023年2月
https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/report/narrative-warfare/

ブルッキングス研究所Lessons from Ukraine  February 24, 2023
https://www.brookings.edu/essay/lessons-from-ukraine/

Undermining Ukraine
2023年2月
https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/report/undermining-ukraine/

SHIELDING DEMOCRACY: CIVIL SOCIETY ADAPTATIONS TO KREMLIN DISINFORMATION ABOUT UKRAINE
February 22, 2023
https://www.ned.org/shielding-democracy-civil-society-adaptations-kremlin-disinformation-ukraine/

What public opinion surveys found in the first year of the war in Ukraine
FEBRUARY 23, 2023
https://www.pewresearch.org/fact-tank/2023/02/23/what-public-opinion-surveys-found-in-the-first-year-of-the-war-in-ukraine/

One year into the Ukraine war — What does the public think about American involvement in the world?
February 23, 2023
https://www.brookings.edu/blog/fixgov/2023/02/23/one-year-into-the-ukraine-war-what-does-the-public-think-about-american-involvement-in-the-world/

One year after the Russian invasion, insecurity clouds return intentions of displaced Ukrainians
23 February 2023
https://www.unhcr.org/news/press/2023/2/63f78c0a4/unhcr-year-russian-invasion-insecurity-clouds-return-intentions-displaced.html

Hidden Hardship: 1 Year Living in Forced Displacement for Refugees from Ukraine
Published 21. Feb 2023
https://www.nrc.no/resources/reports/hidden-hardship/

How to Lose Influence and Alienate People
Thursday February 23, 2023
https://www.graphika.com/reports/how-to-lose-influence-and-alienate-people

Another Tech ‘Innovation’ With Unintended Consequences:
After One Year of War, the Number of Sites Spreading Russian Disinformation Found to be Supported by Western ‘Programmatic’ Advertising Has Tripled
2023年2月22日
https://www.newsguardtech.com/special-reports/russian-disinformation-programmatic-advertising/

One year of war in Ukraine: Internet trends, attacks, and resilience
2023/02/23
https://blog.cloudflare.com/one-year-of-war-in-ukraine/

How Russia is losing — and winning — the information war in Ukraine
February 28, 20235:01 AM ET
https://www.npr.org/202

2022 Report on EEAS Activities to Counter FIMI
07.02.2023
https://www.eeas.europa.eu/eeas/2022-report-eeas-activities-counter-fimi_en

Disinformation Roulette: The Kremlin’s Year of Lies to Justify an Unjustifiable War
REPORT
FEBRUARY 23, 2023
https://www.state.gov/disarming-disinformation/disinformation-roulette-the-kremlins-year-of-lies-to-justify-an-unjustifiable-war/

Russia's war on Ukraine: one year of cyber operatio
February 24, 2023
https://cert.europa.eu/blog/1yua-cyberops

●その他の参考資料の主なもの

Disinformation in the Arab World、 June 14, 2022、 https://www.csis.org/analysis/disinformation-arab-world

Why Can’t the World Agree on Ukraine?、FEBRUARY 24, 2023、https://foreignpolicy.com/2023/02/24/why-cant-the-world-agree-on-ukraine/

Ukraine war exposes splits between Global North and South、17/02/2023、https://www.france24.com/en/europe/20230217-ukraine-war-exposes-splits-between-global-north-and-south

A global divide on the Ukraine war is deepening、February 23, 2023、https://www.washingtonpost.com/world/2023/02/22/global-south-russia-war-divided/

How Russia is winning the Mideast information war、08/26/2022August 26, 2022、https://www.dw.com/en/russia-is-winning-the-information-war-in-the-middle-east/a-62900269

Why Russia Markets Itself as an Anti-Colonial Power to Africans、FEBRUARY 8, 2023、https://foreignpolicy.com/2023/02/08/russia-ukraine-colonialism-diplomacy-africa

WORKING THE WESTERN HEMISPHERE、ブルッキングス研究所、December 2022、
https://www.brookings.edu/research/working-the-western-hemisphere/

IntelBrief: China Aids and Abets Russian Disinformation Efforts in the Ukraine Conflict、FEBRUARY 23, 2023、https://thesoufancenter.org/intelbrief-2023-february-23/

Briefing: China, Iran, and Russia State Accounts on U.S. Protests、GRAPHIKA、2020年6月3日、https://graphika.com/posts/briefing-china-iran-and-russia-state-accounts-on-u-s-protests/

Russia, China, Iran exploit George Floyd protests in U.S.、2020年6月4日、https://medium.com/dfrlab/russia-china-iran-exploit-george-floyd-protests-in-u-s-6d2a5e56c7b9

U.S. Warns Russia, China and Iran Are Trying to Interfere in the Election. Democrats Say It’s Far Worse、The New York Times、2020年7月24日、https://www.nytimes.com/2020/07/24/us/politics/election-interference-russia-china-iran.html

中国、ロシア、イランが米国批判の情報戦で連携プレー、黒井文太郎、JBpress、2020年6月11日、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60866、https://news.nicovideo.jp/watch/nw7420296

Triad of Disinformation: How Russia, Iran, & China Ally in a Messaging War against America、Alliance for Securing Democracy、2020年5月15日、https://securingdemocracy.gmfus.org/triad-of-disinformation-how-russia-iran-china-ally-in-a-messaging-war-against-america/

Does Deplatforming Work? Unintended consequences of banning far-right content creators、October 2022、https://esoc.princeton.edu/WP31

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